最新のクルマは、驚くほど便利で快適だが「クルマを操る楽しさ」が希薄になっていると感じることはないだろうか。新連載「旧車と共にある人生」では、旧車オーナーのリアルな声を編集部が独自取材。旧車と共に人生を歩んできたカーオーナーそれぞれのクルマ哲学を読者の皆様にお伝えする。
連載「第1回目」は
クラシックカー・コレクター 住野氏に取材
今回取材したのは住野公一氏(株式会社オートバックスセブン相談役)。これまで数多くの名車を乗り継ぎ、クラシックカー・コレクターとしても知られる。今回ガレージで撮影させていただいたのは、空冷モデル最終型となるポルシェ911(タイプ993)カレラS。

効率の先にある、五感を満たす「対話」
都内某所、静謐な空気が流れる住野公一氏のガレージ。そこには最新のEVから伝説的な空冷ポルシェ、日常を共にする軽自動車まで、時代も国籍も超越した名車たちが静かに呼吸を整えていた。

数々の名車を相棒としてきた住野氏に、なぜ今あえて旧車を維持し続けるのかと問うと、彼は微笑んでこう答えた。
「不便は、味ですよ」。
今のクルマは至れり尽くせりですが、旧車はドアを開ける重み、ハンドルを回す手応え、その一つひとつの動作に確かな『手間』を要求します。それはまるで、デジタル音源ではなくレコードに針を落とす瞬間の高揚感に近い」。
効率と利便性が正義とされる現代において、あえてプロセスに時間を溶かす。その所作こそが、機械を単なる移動手段から、血の通ったパートナーへと変えていくのだ。
原点は360ccとの格闘。
設計思想に宿る「意思」を読み解く
住野氏の濃密なカーライフの原点は、3万円で手に入れた中古の「スズキ・キャリィ」にある「下り坂で目一杯の勢いを付けておかないと、次の上り坂が登れない。トラックの運転手たちがどうやって重力を味方に付けて走っているのか、あの時初めて肌で理解しました」。

この「物理の法則との格闘」から始まった探求心は、やがて世界の銘品へと向かう。抜群の座り心地に感動した「プジョー604」では、曲がるたびに転覆しそうなロールに肝を冷やし、「アルファロメオ・ジュニア」では、高速道路でエンジンが止まるという洗礼も受ける。


それら全ての経験を経て、住野氏は確信を持って語る。「例えばポルシェ911(993型)のスイッチ配置一つをとっても、設計者が何を考え、なぜその位置に置いたのかという明確な意図が伝わってくる。そこにはコスト優先の設計には決して宿らない、エンジニアの『執念』とも呼べる思想があるのです」。
「ベストカー」BMW 745
そして受け継がれる「感触の記憶」
膨大な遍歴の中で、住野氏が「ベストカー」として挙げるのはBMW・745だ。「V8エンジンの咆哮もさることながら、特筆すべきはコーナリング。ハンドルを無理にこじらなくても、アクセルワーク一つで吸い込まれるように曲がっていく。これこそが、ドイツ車の真髄です」。

また、現在濃藍から情熱の深紅に全塗装中のジャガー・XJ6には、父への追憶が重なる。かつて父が駆った12気筒モデルが、時速50kmから路面に吸い付くように加速したあの衝撃──。その掌に残った記憶が、現在の彼をジャガーへと向かわせた。

一方で、最新のEV(アウディQ4)に対しては「加速以外に語るべき魅力がない」と断じ、実用車としてのN-BOXには「非常によく考えられている」と敬意を払う 。この「良いものは良い、ダメなものはダメ」と切り捨てるドライな審美眼こそが、彼の哲学をより強固なものにしている。
100年を乗り継ぐ責任。
鉄に魂を宿すということ
住野氏は、古いクルマを重税で排除しようとする現代の風潮に対し、毅然とした態度を見せる。「家を100年、200年と住み継ぐように、クルマも手を入れながら乗り継いでいくべきです。使い捨ては地球の寿命を縮める行為に他なりません」。
その言葉を証明するように、彼はポルシェ・カイエンを30年維持し、170万円を投じてトランスミッションを載せ替えるなど、一台の鉄の塊に深い愛情を注いできた。

「クルマが人格を変えることもある。ポルシェに乗ればレーサーの如く鋭くなり、ジャガーに乗ればジェントルマンの振る舞いになる。そんな変化を楽しむのも、人生の醍醐味です」。
取材の最後、ガレージに空冷ポルシェの乾いた咆哮が響き渡った。 その荒々しくも精密な鼓動は、設計者の情熱と住野氏の信念が共鳴し、鉄の塊に「魂」が宿った瞬間のように思えてならなかった。不便さを愛でるという贅沢。それこそが、私たちが守るべき真のヘリテージ文化の夜明けなのかもしれない。

