クルマの長期保有化や中古車購入が増えるいま、より長くクルマの美観を保つために、洗車やボディコーティングなどのカーケアに費用をかけるカーオーナーは多い。クルマの細部(ディテイル)まで徹底的にキレイする “カーディテイリング” は、幅広いユーザーから必要とされ今後も需要が見込まれるサービスといえるだろう。
カーディテイリングビジネスが、日本で普及拡大するキッカケや施工品質・作業効率向上などに大きく貢献した人物といえば、粘土クリーナーの元祖として世界中で愛用される「トラップネンド」を発明・販売するジョイボンド株式会社(さいたま市北区)の古館忠夫代表だろう。
トラップネンドは、ボディ塗装面の鉄粉や塗装ミスト除去用の研磨ネンド。研磨力があり通常使用される標準品(赤ネンド)と、研磨力が弱く小さな塗物の除去用タイプ(青ネンド)の2種類を展開。また応用品として、虫の死骸や鳥の糞の除去に特化した虫鳥ネンドや、汚染物質の除去と同時に撥水性を付与できるコーティング車両のメンテナンスに最適なポリマーネンドもある。
古館代表が発明したトラップネンドは、1987年に特許を取得。鉄粉除去の定番アイテムとして、35年以上前から日本をはじめ世界各国で販売され、特許が消失してからも世界中の幅広い施工事業者に活用されている。
このトラップネンドの長年の功績が高く評価され、古館代表は今年1月31日に、アメリカに本部を構える国際ディテイリング協会「International Detailing Association(IDA)」から、カーディテイリング業界に大きく貢献した専門家に贈られる『Hall of fame(殿堂入り)』に選ばれ、日本人で初めてとなる称号を受賞した。この出来事は、日本のカーディテイリング業界から誕生した研磨アイテムが世界に認められたことを意味する、大変喜ばしいトピックといえる。
IDAの『Hall of fame』とはIDA協会員の投票で選ばれるもので、2020年以降、毎年4~5名が選出されている。IDAは、古館代表が発明したトラップネンドについて「ほぼすべてのプロのカーディテイリング事業者、OEMメーカー、カーディテイリングサプライメーカー、プロのカーディテイリング製品のディストリビューターは今日でも使用しています。それは決して無くなることのない私たちの業界の定番です」と称え、IDA公式サイトで紹介されている。
古館代表とIAAE事務局長 松永氏が「IAAE 2023」会期中に対談
古館代表に、IDA殿堂入りや日本のカーディテイリング業界へ思いを聞くべく取材を依頼。3月7日~9日に東京ビッグサイトで開催された、自動車アフターマーケットの国際展示会「第20回 国際オートアフターマーケットEXPO 2023(IAAE 2023)」に出展された古館代表に、同社ブース内で話を聞く機会を得て、今回特別に古館代表とIAAE事務局長の松永博司氏(株式会社ジェイシーレゾナンス代表取締役社長であり、初代カーディテイリングニュース編集長)との対談が実現した。
―― 松永氏
このたびは、日本人初としてIDAの殿堂入り、本当におめでとうございます。どのような経緯で受賞されたのか教えて下さい。
―― 古館代表
当社製品トラップネンドのアメリカでの販売代理店(ITW)に在籍するスタッフが、トラップネンドの市場がどこまで広がっているのか調査したら、北米や欧州など各国で購入されておりカーディテイリング業界に無くてはならない商品のひとつになっていたことがわかりました。それがIDAの殿堂入りにつながったと聞いています。
―― 松永氏
カーディテイリングの定番商品として、トラップネンドほど息が長い商品は、ほかにありませんよね。カーディテイリング業界は浮き沈みがあり、ポリマー加工と呼ばれた時代からフッ素系、ケイ素系など、さまざまな変遷の歴史がありますが、トラップネンドは永遠の定番ということですね。IDAの殿堂入りは、とても素晴らしいことだと思います。
―― 古館代表
ポリマー加工にしても、ガラスコーティングにしても、一番最初の作業工程でトラップネンドが使われています。開発のキッカケは、BPショップが塗装ミスト(建築物の外壁を塗装した際のミストが付着しているクルマ)の除去で困っているのを解決したいと思ったのがはじまりでした。BPショップ向けに販売したものの、いつの間にかカーディテイリング業界で使って頂けるようになり、一般に普及していきました。
―― 松永氏
トラップネンドがなかった時代は、カミソリで一生懸命、塗装面の鉄粉やミストを削って平らにしていたんですよね。
―― 古館代表
ひげ剃りのように、ある程度角度を決めてスーッと塗装面を削っていましたね。しかしそれだと、とてもじゃないけどやりきれない。そこで私は、砥石やスポンジを使ってやってみたのですが、すべて失敗。最終的に粘土にたどり着きました。
―― 松永氏
柔軟砥石として、1987年に特許を取得されたんですよね。
―― 古館代表
もう特許は切れていますが、アメリカ、EU諸国、ドイツ、カナダ、オーストラリア、メキシコ、韓国、台湾といった各国で特許を取得して販売しました。トラップネンドの類似品が数多く流通しているのですが、どういう理屈で砥石が成り立っているかは知られていません。トラップネンドを使って塗装面のザラザラがキレイに除去できたのはいいが、ザラザラな汚染物質が粘土の中に含まれてボディが傷つくのではないかと思う方がいます。その心配はなく、除去したザラザラな汚染物質よりも大きな粒子の研磨剤が粘土の中に含まれており、汚染物質が粘土の中に食い込むので表面には出てきません。
―― 松永氏
汚染物質は、塗装面に固着したり刺さっており、汚染物質を粘土で包んだとき、粘土に含まれる砥石の研磨剤が汚染物質を剥ぎ取る。汚染物質は粘土に包まれるのでボディは傷つかない。そういうメカニズムですよね。
―― 古館代表
その通りです。ちょっとしたエピソードなのですが、初めて特許出願したとき、特許庁から「これは特許じゃない」と言われ却下されました。その後改めて申請したら「それも駄目」だと言われ、なぜ駄目なのか聞いたら「そんなはずがない。除去できるはずがない」と言われてしまった。それで特許庁にトラップネンドを持っていき、実際に目の前で除去できることを見せました。そしたら「本当だ!」って。ようやく理解してくれて特許を取れたんです。だいたいの場合、特許は文章で出願するもので、実際に見て判断するケースはあまりないようです。
―― 松永氏
トラップネンドの一番の価値は、それまで一生懸命カミソリで削ったり、スポンジで擦っても除去できなかった汚染物質を、キレイに均一に短時間でしっかり除去できる点だと思います。1987年の特許取得から36年後のいま、IDAに認められ称号を受賞されたわけですね。本当におめでとうございます。
―― 古館代表
IDAはアメリカのカーディテイリング協会なので、松永さんがIDAとタイアップして研修会や展示会などを企画すれば面白いのではないかと思っています。
―― 松永氏
古館代表のIDA殿堂入りで日米の架け橋ができ、これをキッカケにIDAへアプローチすることで日本のカーディテイリング業界の発展につながっていければと思います。それにしても、昔から古館代表といつも話していますが、日本のカーディテイリング業界には、腕で磨く人ではなく、口で磨く人ばっかりですよね。
―― 古館代表
昔から技術レベルに差がありすぎて、このままでは業界が駄目になってしまうと思い、技術レベルを上げて均一化したい考えから、1996年4月に日本カーディテイリング協会を作りました。※現在は活動休止中
―― 松永氏
あれから、ガラス系やセラミック系など、本当にいろいろありましたね。自動車もどんどん進化して、あらゆる作業に電子制御装置整備が関わるようになりましたが、ここにきて、古館代表がIDAに認められたことや、特定整備制度の猶予期間も残り1年となる一方で、今年1月には国土交通省がカーフィルム装着車の車検に対する指導要領通知を出したりと、いろんな動きがでてきています。つまり、今まで通りのやり方では上手く行かない状況になってきた。これは良い傾向だと思っています。トラップネンドももともとBP業界向けに開発されたものですが、自動車の進化を考えれば自ずとカーディテイリング業界も整備の業界に近づかないと仕事ができなくなってきています。
実際の事例として、フロントガラスにカメラが付いたクルマが出て、いま8年ほど経過しています。そういった車両のガラス内側は静電気で汚れて、ADASエラーになるケースが出ているそうです。内側ガラスとカメラの隙間が狭く、手が入らないので汚れを拭き取るにはカメラを脱着することになり、それには特定整備認証の取得が必要です。
誤解を恐れずに言えば、様々な自動車に対応する必要があるカーディテイリング事業者は、特定整備認証を取得するか、取得している事業者と連携するなど、自動車の進化に対応し、法令を遵守するための体制作りが必要です。シートを外しただけでも、DTCが入る時代ですからね。カーディテイリング業界も襟を正して、真面目にやっていかないといけませんね。真面目にやっている方だけが、真面目に評価される業界にならないとマズイですよね。まだまだ言ったもん勝ち。やったもん勝ち。誇大広告勝ちなところがありますから。
―― 古館代表
カーディテイリング業界は、昔からいろいろなことがありますが、それも含めてとても面白い。どんなことがあってもクルマは汚れるので、カーディテイリングの仕事はなくなりません。クルマがキレイだと精神的なゆとりが生まれます。モノを大事にする意識は必ずみんな持っていますから、クルマがキレイだと慎重な走りになり、事故も減ります。カーディテイリング業に携わる我々は、法令を遵守した上で、どういうふうに顧客に満足してもらうか。そこが重要ですね。
―― 松永氏
おっしゃる通りだと思います。改めてIDAの殿堂入り本当におめでとうございます。今後も日米のカーディテイリング業界の架け橋として古館代表の活躍に注目しています。クルマがある以上、カーディテイリングビジネスはなくならないからこそ、真面目にやっていく必要性が増していることを、改めて実感する機会となりました。対談のお時間を頂き、本当にありがとうございました。