数年前から、クルマ好きの間で「旧車ブーム」が続いている。コロナ禍で数多くの催しが延期や中止となる中、感染予防対策を徹底し、来場者数を制限するなど規模を縮小して開催される旧車イベントもあり、まだまだ熱は冷めていない。中古車検索サイトでは、年式から考えると10万や20万円程度しか車両保険をつけられない場合が多い旧車が800万円を超える価格で出品されているケースもあり、熱狂的なクルマ好きの間でニーズがあることがわかる。2017年頃より、国内の自動車メーカー各社が特定車種の補修部品復刻やレストアサービスを展開し始めたことも、旧車ブームの起爆剤になっている。こういった流れの中で、2019年5月、トヨタ自動車が『GRヘリテージパーツプロジェクト』を立ち上げた。まずは、A70/A80スープラの補修部品を復刻し、国内海外向けに再販売することを発表。それから8ヶ月後となる2020年1月9日に、第一弾として計8品目の復刻パーツをリリースすることが明らかになった。このタイミングで編集部は、トヨタ自動車広報部に取材を依頼。すぐに許可がおり、春頃を目処に取材日を調整することになったのだが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、日程は定まらなかった。月日は流れ季節も変わった7月上旬、GRヘリテージパーツプロジェクトとして「2000GT」の補修部品復刻・再販売が発表されたのだ。7月1日から、A70/A80スープラの一部復刻パーツのオーダーが開始されたさなかに「2000GT」の補修部品復刻・再販売発表とは、どういうことなのか…。再びトヨタ自動車広報部に相談した結果、7月末に同社名古屋オフィスにて、ついに取材が実現した。◆トヨタ車を愛するオーナーの気持ちに応えたい「モータースポーツ活動で得た知見を市販車に活かすことを理念に掲げる、我々GRカンパニー(GAZOO Racing Company)にとって、2000GTやA70、A80は、GAZOO Racingの礎といえます。これらのモデルは、販売期間や生産台数、車両本体価格、そしてファン層も全く違いますが、GRカンパニーの理念に通じています。世界的な知名度があり、トヨタとGAZOO Racingの歴史に大きな影響を与えた名車たちを、大切な愛車として乗り続けたいと思ってくださっているオーナー様の気持ちに応えたい。それがカタチになったものが『GRヘリテージパーツプロジェクト』です。廃版部品の復刻への道のりは、容易ではありません。オーナー様の想い、サプライヤー様の尽力あってこそ届けられる。オーナー様のために、サプライヤー様と協力して多くの部品の復刻を目指す考えです」取材の冒頭、トヨタ自動車株式会社 GAZOO Racing Companyの結城貴虎氏(GRブランドマネジメント部 事業・モータースポーツ推進室 バリューチェーンG)は、GRヘリテージパーツプロジェクトに当初から携わる一員として、率直な想いを口にした。◆名車たちの経歴すでにご存知の方も多いと思うが、今回『GRヘリテージパーツプロジェクト』に選定された3車種について触れる。2000GTは、数多くのレースで優勝を含めた華々しい結果を残した高性能スポーツカーで、ヤマハ発動機株式会社の協力を得てトヨタ自動車が発売。このとき日本初だった技術(直列6気筒DOHC 2000ccエンジン、4輪ダブルウィッシュボーンサスペンション、4輪ディスクブレーキ、ラジアルタイヤ、マグネシウムホイール、リトラクタブル・ヘッドランプなど)を採用し、当時の欧州のスポーツカーに並ぶ、最高速度220km/hを実現した。このほか、1967年に公開され大ヒットした映画「007は二度死ぬ」のボンドカーに採用されたことで、世界中の人々の注目を集めた。2000GTの販売期間は1967年から1970年の約3年間で、337台しか生産されていない。この希少車は現代においても絶大な人気を誇り、旧車展示イベントの花形となっている。A70スープラは、先代の「セリカXX」から、北米仕様と同じ「スープラ」に名前を変えた3ドアのファストバッククーペ。発売当時のキャッチコピーは「TOYOTA 3000GT」で、リトラクタブル・ヘッドライトを受け継いだほか、シャシーには2000GTと同じく、4輪ダブルウィッシュボーンサスペンションが採用された。3リッターDOHCターボの7M-GTE型(230PS)を頂点に4種類の直列6気筒設定で、1986年から1993年まで販売。全世界で約24万台もが生産され、令和を迎えても「70(ナナマル)スープラ」の愛称のもと国内外で人気を維持している。A80スープラは、先代モデルA70とは全く異なる曲線的なワイドボディが印象的な3ドアクーペ。2JZ-GTE/GE型エンジン(3000cc直列6気筒DOHC24バルブ)を搭載し、走行性能はもちろんだが、環境や安全性能も最大限に高めた新しいスポーツカーとして世に放たれた。ル・マン24時間レースに参戦し、日本ではSUPER GTのGT500クラスで戦った経験もある。1993年から2002年まで販売され、生産台数は全世界で約4.6万台。このほか、2001年に公開された映画「ワイルド・スピード」の主人公が乗っていたクルマとして登場し人気が再熱。新たなファン層を獲得し、記憶に残る名車となった。◆オーナーの要望を重視した選定続いて、復刻パーツの選定についても紹介したい。A70/A80の復刻パーツは、スープラ・オーナーズミーティングやスープラ専門レストアショップのほか、トヨタ自動車社内のスープラ所有者からヒアリングを行って選定。サードパーティ展開されている部品以外で、車検に必要かつ自動車メーカーだから生産できる部品が選ばれたという。A70の復刻パーツは5品目あり、7月1日よりフューエルセンダーゲージASSYとフロントドアアウトサイドハンドルASSYのオーダー受付を開始。残る3品目(プロペラシャフト、ウェザーストリップ、フロントエンブレム)は、2020年冬頃からオーダー受付け開始予定となっている。A80の復刻パーツは3品目を用意。7月1日よりドアハンドル(フロントドアアウトサイドハンドルASSY)のオーダー受付が始まった。残る2品目のうち、ブレーキブースターは8月1日から、ヘッドランプは2020年冬頃を予定。2000GTの復刻パーツ選定は、トヨタ2000GTオーナーズクラブジャパンをはじめとするオーナーと、車両メンテナンスに携わってきたプロショップにヒアリング。特に要望が多かった、トランスミッションとデファレンシャルが第一弾パーツとしてリリースされることとなった。ラインアップは9品目で、うち7品目は、5速マニュアルトランスミッション関係(8月1日より準備が整ったものから順次)。残る2品目は、デファレンシャル関係(9月1日よりファイナルギヤキット後期、リングギヤセットボルト。20年冬よりファイナルギヤキット前期)が予定されている。この他、2000GT復刻パーツの一部は、2000GTの弟分で1967年に発売された「トヨタ 1600GT5」と、1969年発売の「トヨペット コロナ マークII 1900GSS」にも適合。全ラインアップの価格を含め、詳しい情報はGRヘリテージパーツプロジェクトのWebサイトで発表される。なお、生産事情によって2021年以降のオーダー受付開始の可能性もあるようだ。◆復刻パーツの分類GRヘリテージパーツには、2種類の分類がある。ひとつは「復刻部品」で、当時の部品(廃版部品)を復刻再生産し、再販売されるもの。通常の補修部品と比べて長納期で、当時の部品と一部仕様、工法等が異なるものがあり、品番も変更されたものが多い。2000GTでは、デファレンシャルのファイナルギヤキットが復刻部品となり、トランスミッションのガスケットオイルシールキットは、復刻部品と現在流通している部品が混在している。もうひとつの分類は「代替部品」だ。現在供給中の部品と、当時の部品(廃版部品)の互換性を確認できたものを指す。廃盤部品に供給部品を組み合わせたものと、供給部品をそのまま活用するケースがある。当時の部品と比較して、一部の仕様や工法等が異なる場合もあるが、互換性チェックをはじめ組み付けのテストも行われている。なお、2000GTのシンクロナイザーリングは、今回のプロジェクトが始まる以前からトヨタの通常業務として、オリジナル品番から新品番に代替されているため、これはGRヘリテージパーツの代替部品にはあたらない。トヨタが「代替品番」と呼ぶものは、プロジェクトの結果として代替処理を行った品番を指す。そういった意味において、A80スープラのブレーキブースターの日本向け品番は代替部品となる。復刻パーツのオーダーについては、国内・海外(北米、欧州など)ともに可能。A70/A80を預けている整備工場やレストアショップで車両の状態をみてもらい、交換部品を決め、GRヘリテージパーツプロジェクトのWebサイト経由などでトヨタに注文する流れだ。ただし2000GTは、希少性を考慮し、オーナーかつ車両当たり数量制限付きで復刻パーツが販売され、オーダーには車検証の提出も必要となる。◆トランスミッション設計とこだわり今回の取材では、2000GTのトランスミッション関係部品の設計を担当したトヨタ自動車株式会社 パワートレーンカンパニーの愛甲寿晴氏(BRパワートレーン開発室 主任)に話を聞くことができた。2000GTは、50数年前に発売されたモデルゆえ、当時の設計担当はトヨタに在籍していない。このため、パーツカタログをベースに当時の図面を探し出すところから始めたという愛甲氏。当時の図面があっても、現在発売している量産モデルと同じようには造れないため、通常は試作部品を製造しているラインを活用し、製造工程や設備、素材を考慮して設計したパーツもあるのだとか。担当メンバーは、図面も部品も見たことがないため、図面が見つからない可能性も踏まえて、当初はパーツカタログを元にリバースエンジニアリングする考えもあり、力の入れようがわかる。「最終的に当時の図面は見つかりましたが、それをベースに、今日のモノづくりの考え方を融合して生産しました。特にこだわったのは、機能性です。同期装置シンクロナイザーリングの要望があり、そこからトランスミッション関係の復刻がスタートしました。オーナー様のトランスミッション同期装置の状態を確認したうえで、復刻パーツを生産できればいいのですが、残念ながら今回は実現できませんでした。2000GTは、1970年の生産終了から2020年でちょうど50周年。今後さらに50年乗り続けて頂くために、我々が想定しうる最もダメージを受けたトランスミッション同期装置でも、今回復刻したシンクロナイザーリングやそれに関わる周辺の部品に交換して頂ければ正常に機能する、最小限の部品をご用意しました。すべての部品を復刻できるわけではありません。当時のトランスミッションに付いているオリジナル部品を再利用し、今回の復刻部品と組合せて使用されるケースもあり、互換性確保と当時のオリジナル性を損なわないことを重視して復刻部品を設計しました」◆旧車でもオーダーがあれば基本的に供給2000GTのデファレンシャル関係の設計を担当したトヨタ自動車株式会社 パワートレーンカンパニーの石川清成氏(パワートレーンカンパニー BRパワートレーン開発室 主任)は、入社当時の様子をまじえながら、トヨタ車の補修部品供給に関する考え方を教えてくれた。「車両販売終了後の部品供給期間は、車種によって異なるので一概には言えません。ですが、私が入社した1987年当時、本社工場機械部技術員室に配属されたときは、生産終了から17年経過していた2000GTのハイポイドギヤは加工ラインがあり、部品の生産は可能でした。治具や刃物などが残してあり、オーダーがくれば対応できる環境が整っていたんです。トヨタの考えとして、基本的にはお客様がいらっしゃる以上、部品供給を行う方針です。旧車でも一定の注文があれば打ち切らない。ところが2000GTの場合はオーダーが全くない期間が何年も続いたので、補修部品のニーズはなくなったのではないか、いくら待ってもオーダーはこないのではないかと思い、補修部品を加工する設備や条件、治具や刃具類を廃却するに至りました。オーナー様のご要望と、サプライヤー様の協力、設備環境があってようやく供給できるものなので、一度途絶えてしまったものを復活させるのは、相当に難しい。ですが、若い頃に2000GTに乗られていたオーナー様が、ある時ふと思い出してもう一度購入し、修理やリフレッシュ、レストアしてお乗り頂いた場合、たとえ年式が古くてもオーナー様にとっては新車を購入したのと同じなんですよね。自動車メーカーとして、そういったオーナー様のご希望に応えるために、今回のプロジェクトがあります」さらに石川氏は、2000GTのデファレンシャル関係を復刻する上で、最もこだわったことも教えてくれた。2000GTのハイポイドギヤは50年前のデザインゆえ、現代ではもっと良い歯形があるが、当時のものと今回の復刻パーツを見比べたときに形状が違っていては意味がない。目に見えない部品のカタチや当時の社名ロゴの再現に至るまでこだわる理由は、「トヨタが出す以上、純正部品としてオリジナルに価値がある」と石川氏は言い切る。その言葉には、レストアでオリジナル度を重視する愛好家たちに全力で応えようとする強い想いと、揺るぎないトヨタのプライドを感じた。◆トヨタにとって大きなチャレンジ取材の終盤、GRヘリテージパーツプロジェクト企画担当である結城氏は、ひと呼吸おいてこう述べた。「当社は、これまでもこれからも、新車開発に注力し続けます。その中で、愛車としてより長くトヨタ車に乗り続けて頂くためのサポートにも努力していますが、スポーツカーを中心とした車種を長期所有されるオーナー様の補修部品供給については行き届いていなかった部分がある。その点は明確な課題として認識しているんです。GRヘリテージパーツプロジェクトに取り組むことで、新車だったものが旧車になったときも、長く愛し続けてもらえるようなサポートをできるブランドになっていきたい。トヨタ車を愛してくださるオーナー様、サプライヤー様と一緒に、新しい大きなチャレンジに全力を尽くします」高度な安全運転支援システムが搭載された最近のクルマと違って、旧車の維持には、正直手間と費用がかかる。メンテナンス、修理、保管、自動車税、車両保険など気になることは多いが、それでも旧車にしかない魅力があるのだ。今回のトヨタをはじめ、自動車メーカー各社の復刻パーツプロジェクトやレストアサービスが継続されより充実していけば、この日本でも、あえて旧車を選ぶカーオーナーが増えていくように思う。コロナ禍をキッカケにクルマの価値が見直されている今、旧車の面白さに目を向けてみてもよいのではないだろうか。
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