進化した自動車に求められる「高品質な修理」を受けるのは難しい…損害保険会社が紹介する修理工場だけでは対応不可なケースも | CAR CARE PLUS

進化した自動車に求められる「高品質な修理」を受けるのは難しい…損害保険会社が紹介する修理工場だけでは対応不可なケースも

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進化した自動車に求められる「高品質な修理」を受けるのは難しい…損害保険会社が紹介する修理工場だけでは対応不可なケースも
  • 進化した自動車に求められる「高品質な修理」を受けるのは難しい…損害保険会社が紹介する修理工場だけでは対応不可なケースも
  • 日本自動車車体整備協同組合連合会 理事 泰楽秀一氏
  • 4月24日、日車協連が東京海上日動との団体協約締結について記者発表を行った
  • 2024年12月に、東京海上日動が公開した資料(『Re-New ~本当に信頼される「お客様起点」の会社へ~』の取り組みについて)からの抜粋
  • 東京海上日動 広報部との取材時に資料提供された、同社修理工場ネットワーク「リペアネット」登録要件・評価基準の一部
  • 「リペアネット」登録工場の詳細ページでは、赤枠内の一文が記載されていない工場もある

事故車の修理工賃が、約30年ぶりに引き上げられるー。

日本経済新聞や朝日新聞などが「画期的な第一歩」だと報じたが、自動車ユーザーにとって本当にプラスに働く動きなのか? 現状では実にわかりづらい点が多い。

自動車保険料の「値上げ」が止まらない

4月24日、全国4,000の車体整備事業者で構成される日本自動車車体整備協同組合連合会(日車協連)は、自動車損害保険の最大手である東京海上日動火災保険株式会社(東京海上日動)との団体協約締結について記者発表を行った。

約30年間近く修理工賃単価(指数対応単価)が上がらなかった中で、修理工賃の最低単価が平均18.8%値上げされるという。

東京海上日動は、2024年1月と2025年1月に保険料を値上げし、更なる値上げを検討しているという報道がある。保険料は上がり続けているのに、なぜ修理工賃は上がっていなかったのか? 

公正取引委員会からの警告

背景にあるのは、1994年の出来事が発端とされている。東京海上日動をはじめとする損害保険会社が会員となる一般社団法人日本損害保険協会(損保協会)は、日車協連との修理工賃単価協議が独占禁止法(第8条1項)に抵触するおそれがあると、1994年に公正取引委員会から警告を受けた。それ以降、修理工賃単価は団体交渉できず、車体整備事業者と損害保険会社が“個社ごとに契約する”ものという考えが常識化していったのである。

真っ当な修理を行うには、損害保険会社と個社交渉による工賃単価の引き上げは必須だろう。車体整備事業者は人材不足の課題を抱えながらも、最先端の修理技術を求められている。

自動ブレーキをはじめとするADAS(先進運転支援システム)搭載車が一般的となる中、電子制御装置整備を行える「特定整備認証」を取得し、技術研鑽や設備投資も必要である。自動車メーカー独自の修理工場認定を取得していないと、修理に必要な部品や故障診断機、修理マニュアルなどを入手できないケースもあるほどだ。

ところが、30年近く工賃単価が上がっていない車体整備事業者が一定数存在する中で、自動車ユーザーは高い保険料を払い続け、損害保険会社に修理工場選びを委ねる仕組みが確立されてきた。

旧BM問題をきっかけとした変化

2023年7月に発覚した旧ビッグモーター(旧BM)の不正請求問題をきっかけに、これまでの常識が変わり始めた。

東京海上日動との団体協約締結に向けて交渉を続けてきた日車協連 理事の泰楽秀一氏(株式会社杉戸自動車 代表取締役社長)は、「公正取引委員会から、事業協同組合として中協法の規定に基づく“団体協約”の提案があり、さまざまな出来事が起こった中でタイミングが良かった」とコメントしている。しかし「東京海上日動の交渉担当者に、記者発表の同席を打診したが明確な回答がないまま、記者発表当日を迎えた」とも話す。

日本自動車車体整備協同組合連合会 理事 泰楽秀一氏
4月24日、日車協連が東京海上日動との団体協約締結について記者発表を行った

東京海上日動と日車協連の間に「相違」

2025年6月10日時点で、東京海上日動は日車協連との団体協約締結合意に関する公式発表を行っていない。同社広報部に取材を申し入れたところ、「指数対応単価(工賃単価)の引き上げは、日車協連・会員事業者か否かによらず、一律で適用するもので、2025年度の工賃単価平均18.8%が一律適用されるわけではない」とコメントし、東京海上日動と日車協連との間に相違があると話した。

広報担当者はさらに続けた。「工賃単価には地域差があり、現在も存在するが、人件費等を考慮して2018年度から継続的に工賃単価を引き上げてきた。2025年度は基準額の水準や各都道府県の相対的な水準等を見直して、基準額を150円~490円値上げし、特定整備認証取得事業者には100円加算する」との発言もあった。

東京海上日動は、2023年11月に内閣官房と公正取引委員会が全業種に向けて発表した『労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針』や、国土交通省が2025年3月に発表した『車体整備事業者による事故車修理の適切な価格交渉の促進のための施策』と『車体整備事業者による適切な価格交渉を促進するための指針』に加え、損保協会の『修理工賃単価に関する対話・協議のあり方にかかるガイドライン』も踏まえた上で、2025年度の指数対応単価を提示している。

加算の事実は確かなようだが、加算額は妥当なのか? 特定整備認証に「特別加算100円」と聞くと、対象車のバンパーなどを外すことすら出来ない未認証事業者も紹介されるような可能性もあり得るような気がして、不安が募る。

東京海上日動選定の「品質が高い工場」が減少傾向?

旧BMの不正請求問題は、事故車修理の工場選択にも変化をもたらした。東京海上日動は、旧BM問題を受けて、従来の指定工場制を廃止し、保険契約者が修理工場を選ぶマッチングサービス「リペアネット」を2024年7月から開始。新たな要件を充足した品質の高い工場を選定し、2024年12月時点で全国700の工場が登録したという。

2024年12月に、東京海上日動が公開した資料からの抜粋

同社の2023年度 自動車保険保有契約件数は約1,472万件で、自動車保険事故対応件数は約304万件とあり、700工場でカバーできるとは考えにくい。

東京海上グループでネット契約可能な自動車保険を提供するイーデザイン損害保険株式会社の2024年3月時点の自動車保険保有契約件数は38万件で自動車保険事故対応件数は非公開であったが、提携指定工場は全国に約800箇所(2024年5月時点)あるようだ。リペアネット登録工場の方が少ないのはなぜなのか? 当編集部が調べたところ、2025年6月5日時点で確認できたのは全国618工場で、2024年12月の700工場から減少していた。

「リペアネット」登録工場の基準

登録工場が増えない理由は、選定基準の厳しさなのか? 東京海上日動の広報部から入手したリペアネット登録工場基準には、業界最高水準の修理品質を確保するために資格・工場設備等を備えていること、とある。

東京海上日動 広報部との取材で情報提供があった「リペアネット」登録要件・評価基準の一部

だが、特定整備認証取得予定でも認められるようだ。電子制御装置整備に必要な故障診断機(スキャンツール)や、ADAS搭載車の走行性能に関わるエーミング作業の前提条件を整えるために必要な4輪アライメントテスター、3次元ボディアライメント計測器といった工場設備は必須要件ではない。基準を満たさず自社内で実施困難な修理は、東京海上日動が承認した外注工場で行うとの記載もあった。つまり、修理対応が困難な工場でもリペアネットに掲載されていると受け取れる。

修理工賃「合意済み」の意味

さらに気になるのは、修理工賃だ。リペアネット登録工場の詳細情報に“本修理工場は修理工賃の算出方法・水準について東京海上日動と合意済みです”との記載がある工場と、ない工場が混在していた。

複数のリペアネット登録工場に話を聞くと、東京海上日動の提示額への合意は大前提のため、上記の一文が掲載されているらしいが、非掲載の工場もある。リペアネット経由の依頼に限り東京海上日動の提示額で対応し、修理工場に直接依頼があった場合は基本工賃で交渉するケースや、工場が登録を希望していないのに東京海上日動からの強い希望で掲載されているケースもあり、そういった場合は上記の一文が記載されていないことがわかった。

「リペアネット」登録工場の詳細ページでは、赤枠内の一文が記載されていない工場もある

輸入車の修理対応にも不安がよぎる。自動車メーカー独自の認定修理工場でなければ対応不可のケースが増えている中で、リペアネットのキーワード検索で「輸入車」は全国40工場しかヒットしなかった。「テスラ」は認定工場が2工場ヒットしたが、いずれにしても都道府県を指定しないと工場名は表示されない。輸入車修理が得意な工場でありながら、登録工場の詳細ページに記載されていないケースもあった。

リペアネットでは、最適な工場を選びづらい

自動車ユーザーが自らの意志で修理工場を選ぶ仕組みがあっても、愛車の修理を行える最適な工場を選ぶために必要な情報が掲載されているとは言いがたいだろう。東京海上日動とリペアネット登録工場が合意しているか、いないかで修理工賃に差があるということは、その差によって修理品質も変わる可能性がある。高度な技術と設備が必要でありながら、安価な単価で高品質な修理が実現できるとは考えにくい。

今回、損害保険ジャパン株式会社、三井住友海上火災保険株式会社、あいおいニッセイ同和損保株式会社にも取材を申し入れ、指数対応単価(工賃単価)や保険契約者への工場紹介基準について返答があったものの、各社似通った回答であった。東京海上日動を筆頭として、4大損保は同様の取り組みを行う傾向がある。

自動車ユーザーは、車両の機能回復のための修理費用や各種特約(新車特約・弁護士費用特約・個人賠償責任補償特約など)のため自動車保険料を支払っている。保険料の値上がり分が、そういった費用に充てられるなら納得できるが、修理工場によっては30年近くも工賃単価が上がっていないケースがあることを思うと、値上げ分は損害保険会社の利益に直結していると思わざるを得ない。

自動車ユーザーが支払う保険料に見合う対価を得るには、損害保険会社任せではなく、自動車ユーザー自らが修理工場を探し、修理工場と対話して納得した上で修理を依頼する必要があると言えるだろう。

《カーケアプラス編集部》

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