2024年10月29日、ロンドン西部バークシャー州に本社を構える英国の自動車技術研究センター「サッチャムリサーチ(Thatcham Research)」は本社施設にて、損害保険会社関係者や自動車修理事業者など約100名を集めて、中国EVメーカー・チェリー(奇端汽車)が英国で発売する新型EV「OMODA」と「JAECOO」のショーケースを開催した。発表会ではリフトアップされた新型EV2車種と一緒にボディ構成部品のクォーター・パネルなども展示。事故時の損傷の影響や修理方法について具体的な説明が行われ、最後には実車の試乗会も行われた。
英国の自動車技術研究センター「サッチャムリサーチ」
今回、中国EVメーカー・チェリーの新型EV「OMODA」と「JAECOO」のショーケースを主催したサッチャムリサーチは、事故車の修理費用基準の作成を目的としてイギリス政府主導のもと、複数の損害保険会社の出資により1969年に設立された自動車技術研究センターだ。
同センターがパートナーシップを結ぶ損害保険会社の中には、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社の100%子会社(Aioi Nissay Dowa Insurance Company of Europe Limited)も含まれている。
損害保険会社・自動車修理事業者・自動車メーカーに対して、サッチャムリサーチは自動車技術研修センターという中立的な立場から、英国で販売される自動車の評価・分析に取り組んでいる。
その一環として自動車修理事業者向けに事故車の修理トレーニングを行っており、その裏付けのもと事故車の標準的な修理作業時間や修理に必要な部品のコストなどを算出し、車種毎にリスクデータの提供も行っている。
英国における90%以上の自動車修理事業者が、サッチャムリサーチの情報を活用して事故車の修理や、修理作業費用などを算出しているらしく、信頼性の高さが伺える。
自動車メーカーに「修理しやすい」自動車の設計を提案
さらにサッチャムリサーチは、自動車メーカーに対して「修理しやすい」自動車の設計や修理方法のコンサルティングも行っている。設計や修理方法についての助言や指導はもちろんだが、コンサルティングした自動車が英国で発売される前に、損害保険会社関係者や自動車修理事業者を集めて、実車を用いながらボディ構造や修理方法を具体的に説明するところまで徹底的にサポートしている。
今回開催された中国EVメーカー・チェリーの新型EV2車種のショーケースは、そういった経緯で開催された催しであり、サッチャムリサーチのコンサルティングを経て、より修理しやすくするために設計変更されたクォーター・パネルなどのボディパーツが展示されていた。
修理時のカットポイントがわかりやすい状態で展示されていたり、設計変更されたボディパーツを実際に組み付けた状態の車両もあるなど、目を見張るものがあった。
サッチャムリサーチによる自動車メーカーへのコンサルティングによって、車種毎の修理に関するリスクの格付けが下がり、自動車ユーザーが支払う自動車保険も抑えられることで、同格の自動車を比較した際に修理にかかるコストが低い車種として販売増に寄与する。
日本の「自動車アセスメント」との違い
日本では、国土交通省と独立行政法人自動車事故対策機構(ナスバ)が一体となり、中立公正な立場として客観的に自動車の評価・分析を行って自動車メーカーに安全な自動車等の開発を促進する「自動車アセスメント」事業に取り組んでいる。
実車での衝突実験などを通じて様々な安全性能に関する試験を行い、その評価結果を「予防安全性能アセスメント」「衝突安全性能アセスメント」「事故自動緊急通報装置評価」として、ナスバのWebサイトで公表して定量化を行っている。
一方、英国のサッチャムリサーチは、自動車修理の観点からアセスメントを行っているところがポイントといえるだろう。事故車の修理方法、修理トレーニング、車種毎での標準的な修理作業時間のデータ提供に加え、自動車メーカーに対して修理しやすい自動車の設計変更まで提案し、その提案が採用された自動車が発売されているというのは、実に画期的だ。日本でこのような取り組みを行っている企業や機関はまだない。
年間約1600名が受講するアカデミー
サッチャムリサーチでは、実車での修理トレーニングを行うアカデミー「Thatcham Research Automotive Academy」を運営していることも触れておきたい。
アカデミーには、自動車修理を始めたばかりの新人やスキルアップを目的とした熟練の職人まで、16歳~65歳以上の自動車修理事業者たちが、年間で約1600名受講している実績があるという。
塗装技術やアルミボディのパネル接合技術、ADASキャリブレーション、最新型のEVやFCV(燃料電池自動車)の構造や修理方法などを学ぶことができ、自動車修理に関わる幅広いカリキュラムが設けられている。
例えば、パネル接合技術のトレーニング用としてサッチャムリサーチ独自のツールが用意されていたり、アルミ部材の修理トレーニング専用ブースや、FCVの構造を理解しやすいように実車と部品が展示されたコーナーもある。また、サッチャムリサーチでは盗難防止のカーセキュリティ装置に関する知見もある。最先端の設備が揃う環境で、自動車技術研究のスペシャリストたちから修理技術を学べる世界最高峰のアカデミーといえるのではないだろうか。
サッチャムリサーチCCOのミラー・クロッカート氏は「サッチャムリサーチの活動を、日本でも拡げていくことに興味を持っている」と述べた。
現在の日本では、自動車修理に係わる様々な不正のニュースを多く目にする。損害保険会社をはじめ、損害保険代理店、自動車修理事業者それぞれの利益から独立した立場で、修理費用の算出に係わる信頼性の高い作業時間の基準データの提供や、修理トレーニングなどサッチャムリサーチの活動が日本でも展開されることを期待する。