昨今のクルマは先進安全装置(ADAS)と呼ばれるセンサーやカメラが多く搭載され、まさに“走る精密機械”の様相を呈している。
そんな中、今年10月に開催された「ジャパンモビリティーショー2023」では、 自動車用ガラスの世界的大手であるAGC株式会社(以下、AGC)が、次世代モビリティに対応する高度なガラスアンテナや車載ディスプレイ用カバーガラス、センサーやカメラの機能を最大限発揮するガラス技術などを提案し、注目を集めた。そこで今回編集部では、特にセンサーに絡む2つの注目のガラス技術について、AGCに直接お話を伺った。クルマの進化と共にガラスも相当な進化を遂げていた!
次世代モビリティにおいて“ガラスは一等地”
AGCは1907年創業。国産の板ガラス事業を初めて開始した企業であり、社会の変化に対応し、ガラスを起点とした製品や技術を提供。独自の素材やソリューションで社会課題を解決し、様々な価値創造に挑戦している、CMでもお馴染みの“素材の会社”だ。
そんなAGCが考える次世代ガラスのキーワードが「マルチファンクション化」だと言う。自動運転や情報表示の進化、電動化などに伴いガラスは高機能化していく中で、同社ではクルマがどんなに進化しても車両の内と外とを視覚的に繋ぐ役割を担う開口部材にはガラスが使用され、さらにその重要性が増していくことから“ガラスは一等地”とし、安全性能をしっかりと担保した上で、アンテナ、センサー、ディスプレイと、大きく3本の柱となるテーマを据えて、次世代モビリティに向けた素材や部材、ソリューションの開発に乗り出している。
ADASの弱点を補うFIRカメラ搭載ガラス「FIR-Windshild」
前述した通り、ADASは最近のクルマにほぼ標準搭載されており、ドライバーの運転支援や交通事故の減少に大きく役立っている。しかし、暗闇や悪天候時を走行する際の認識精度などに改善の余地を要する部分もあることは確かだ。
そこでAGCでは、可視光とFIR(遠赤外線)の両方を透過させられるフロントガラス「FIR-Windshild」を世界で初めて開発。 ADASの機能を最大限発揮し、その有効性を高めようとしている。
現在主流のセンサーは、人の眼と同等の光学特性を持つ「可視カメラ」 である。人の眼と同等ということで、太陽光や対向車のライトで強い逆光になるケースや暗いトンネルから明るい外に出るケース、濃霧などの悪天候のケースでは正確に検知することが難しいのが弱点である。
一方で暗闇でも人の体温で放射される遠赤外線を検知して、周辺環境との温度差をコントラストで表現できるセンサーの1つに「FIRカメラ」がある。これまでも可視カメラを補完するオプションとして搭載されている例はあった。
しかし、FIRカメラの光がこれまでは既存のガラスを透過できなかったことから、FIRカメラはクルマの前方のグリルかバンパーの中に設置されていることが多かった。しかし、低い位置への設置となるため、障害物の影響を受けることや泥はねによる視界不良などの要因により、FIRカメラが機能を十分に発揮できない状態となっていた現状があったという。
そこでAGCでは、可視光を透過させるガラス材料でフロントガラスを作り、FIRカメラを取り付ける部分だけ、FIR光を透過させる窓材に置き換えるという高度な設計かつ生産技術を駆使し、可視カメラとFIRカ メラの両方をフロントガラスの内側に設置することを可能にした。これが「FIR-Windshild」である。
FIR-Windshildを利用すれば、フロントガラス内の可視カメラに隣接した位置にFIRカメラを置くことができ、可視光画像と視差の少ない画像が撮影できることから、認識精度の向上が実現できるという。またワイパー払拭領域への設置により、雨天時の認識性能も確保しやすい。
メンテナンスの面でも、フロントグリルに設置する場合に比べると、飛び石などでカメラが損傷する可能性が低くなり、より安全性も高まるとのことだ。
担当者によると、安全性はもちろん耐環境性や信頼性など自動車用フロントガラスにかかる要求は極めて厳しく、その中で異種材料をはめこむということ自体、相当高度な設計と技術が必要だったという。ガラスを起点に複合的な素材・技術を持ったAGCだからこそ実現できたということと、既存の素材をあえてくりぬいて別の素材をはめこむという着想自体を起こすことが難しい中で、開発チームが一丸となり、安全性の向上というニーズを汲み取ることができたのではないかと話した。
気になる量産体制については、2027年に市場投入される車種に搭載できるように、現在開発を進めているとのことで続報を待ちたい。
自動運転の眼“LiDAR”を故障と精度低下から守る「Wideye」
AGCは、前述のFIR-Windshildのようなガラス技術だけでなく、ADASの安定的なパフォーマンスを支えるための様々なソリューションを、長年培ってきた素材技術を応用し展開している。その1つが高い近赤外線透過率を保ちながら、外因性の故障や精度低下から守るLiDARアプリケーション用車載ガラス「Wideye」である。
LiDARとは、近赤外線などのレーザー光を照射し、返ってくる反射光の情報を解析することで対象物までの距離や形を計測する光学センサーのこと。このLiDARをクルマに搭載するためには、日照条件や風雨、振動などにさらされる過酷な環境下で、長期にわたり機能を維持できる耐久性を持った保護材料(カバー)が必要となる。 そこでAGCでは、LiDARの前面に近赤外線の透過率が極めて高いガラスを設置し、傷や衝撃による故障や雨滴・汚れなどによる検知情報の低下を防ぐガラスを開発。これが「Wideye」である。
このWideye、単純にLiDAR用カバーガラスの素材を提供するだけではないのが大きな特徴だ。搭載するクルマの仕様や設計に合わせてLiDARの信頼性と耐久性を向上させ、デザイン面で違和感のない外装パーツとして提供されるのだ。どの仕様のLiDARをどの場所に設置するかは対象車種ごとの設計により大きく異なるため、本来はカバーガラスの形状と機能はカスタマイズが必要であるが、 AGCでは長年にわたって蓄積した知見や技術を生かし、多様なニーズに対応。加えて車両デザインを損なわず、高性能LiDARを配置する車載外装設計技術を駆使し、車載外装品質向上にも貢献。センサーサプライヤーや自動車メーカーとも協業し、新車開発の初期段階からモジュール設計を開始し、デザインを作り込んでいる。
ちなみにLiDARには様々なタイプがあるが、Wideyeでは主要な全てのタイプに対応可能とのこと。幅広いラインナップで自動運転車の安全性能の向上とデザインの両立に貢献している。
Wideyeの開発にあたっては、透過率や紫外線の問題、デザインの面などは人間の眼が見た時の視点での開発だったが、LiDARはいわゆる“機械の眼”。要求される機能・性能が異なってくるものの、これまで作ってきた安全ガラスという価値を守りつつ、新しい機能を実現するということがチャレンジングなポイントだったと担当者は話す。
なおWideyeについては2024年の市場投入を皮切りにグローバル展開していく計画であるという。自分の愛車にWideyeが搭載される日はそう遠くないはずだ。
今回の2つの技術はほんの一例だが、一見すると透明で何の変哲も無いように見えるガラスでも、実は自動車の進化と共に高機能化していることがお分かりいただけたのではないだろうか。今後の次世代ガラスのさらなる進化に期待したい。
取材協力:AGC株式会社