2025年9月5日、日本の損害保険業界にとって転換点となる「損害保険会社による便宜供与適正化ガイドライン」が策定されました。このガイドラインは、一見すると保険会社内部のルールのように見えますが、実は自動車ユーザーが事故に遭った際の「車の修理」に深く関わってきます。
この新しいルールが目指すのは、「顧客本位の業務運営の徹底」「健全な競争環境の実現」「保険代理店の自立化」の3つの原則です。これらの原則を徹底するために、長年続いてきた「保険会社が修理工場を紹介する慣習」にメスが入ることになりました。
従来の「指定工場制度」が抱えていた複合的な問題点
これまでは、事故が起きた際に、契約している損害保険会社から提携の「指定工場」を紹介されるのはごく一般的でした。しかし、一見便利なこの制度の裏側に、構造的な欠陥があることが近年、明らかになってきました。
損害保険会社は、特定の修理工場に事故車の修理を斡旋する見返りとして、その工場から工賃の割引や自賠責保険、任意保険といった自社の保険商品の販売などの「便宜供与」を受けているケースがあったのです。その結果、保険会社が契約者であるカーオーナーに修理工場を紹介する動機が「顧客にとって最も質の高い修理工場を選ぶこと」ではなく、「自社の利益を最大化する工場を選ぶこと」にすり替わっていた可能性があります。
実際、ガイドラインでは、保険会社が将来の取引を考慮して、一般的な水準より低い品質の修理工場を顧客に紹介する行為を問題視しています(損害保険会社による便宜供与適正化ガイドライン(別冊)想定事例集[事例1-3-1])。これは、カーオーナーの愛車が最善の修理を受ける機会を、保険会社の都合で阻害していたことになります。従来の商慣習に依存したこの古い仕組みから、業界全体が脱却を迫られているのです。
ユーザーの「選択の自由」と「透明性」が高まる
新しいルールと業界の動きは、この不透明な構造を大きく変えようとしています。大手保険会社はすでに、「一律の工賃割引」を廃止する方針を打ち出し、代わりに、修理工場の「設備力」「技術力」「DX対応」といった客観的な品質を評価し、その評価に見合った工賃を支払う仕組みへと移行しています。さらに、顧客自身が修理工場を選ぶ「マッチングサービス」の導入も始まっています。これにより修理工場は、保険会社の顔色をうかがうのではなく、修理の品質やサービス、そしてお客様からのクチコミや評判といった客観的な情報によって選ばれる時代へと変わります。一方で、ユーザーの立場から見ると「自身の責任で修理工場を選ばなければならない時代」になったということです。
保険会社の紹介を鵜呑みにせず、クチコミや評判、最新技術への対応状況など、工場の品質を多角的にチェックした上で、ご自身の判断と責任において信頼できる修理工場を選ぶことが求められます。愛車の安全と価値を守るためにも、この新しい時代の流れをしっかりと理解し、賢い選択をしていきましょう。