30年変わらず生産され続けた初代「センチュリー」その名の由来は【懐かしのカーカタログ】 | CAR CARE PLUS

30年変わらず生産され続けた初代「センチュリー」その名の由来は【懐かしのカーカタログ】

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トヨタ・センチュリー(初代)当時のカタログ
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史上初のSUVタイプが登場し話題となっているトヨタ『センチュリー』。その初代は、1967年(昭和42年)11月、トヨタのフラッグシップとして誕生した。車名はトヨタの創設者・豊田佐吉の生誕100年にちなんで名付けられたものだった。

宇治平等院の鳳凰をエンブレムに冠した見るからに重厚なスタイリングは、その後、2代目の登場(1997年)まで、何と30年間も基本的に変わらず生産が続けられた。先行した日産『プレジデント』(1965年登場)がアメリカナイズされたスタイリングだったのに対して、日本的な優雅でオリジナリティに溢れた姿が長く愛された理由のひとつ。

前身にあたる『クラウン・エイト』も手がけた中村健也主査が開発を担当。注文をうけてから納車まで、1台あたり1か月もかけてつくりあげられた。もちろん公用車がメインの用途だったが、「みずからハンドルを握られても、心ゆむまでご満足いただけましょう」(当時のパンフレットより)と、オーナードライバーも想定されていた。

当初の搭載エンジンは3V型V8・OHVの2981ccで150ps/24.0kg・mを発生。トランスミッションは3速コラム(AT、MT)のほかにフロアシフトの4速MTも用意。エンジンはその後3376cc(1973年4月)、3994cc(1982年10月)へと排気量が拡大されていった。

トレーリングアームを組み合わせた日本車初のエアサスペンション(フロント)を始め、フロントの4ポットベンチレーテッドディスクブレーキ、パワーステアリングなどを採用。

ベンチシートながら運転席が独立して操作可能なセミセパレート型を含めて前後パワーシート(後席のスライド量は70mm)を装備。ドアトリムにはシート表皮と同じ織物を張り込むんど、贅を尽くしたしつらえも特徴だった。

《島崎七生人》

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