イタリアを本拠に、さまざまなかたちで自動車デザイン開発に携わる企業と人を紹介する企画。第7回は、トリノの高級レザー・サプライヤー「フォリッツォ・レザー」を訪れた。会社としての歩みと領域を越えた活動、そして業界における存在意義を、創業3代目であるパオロ・フォリッツォ氏へのインタビューとともにお伝えする。
■カスタム&レストレーションを支える
自動車インテリア分野における「フォリッツォ・レザー」の仕事は、実はモーターショーやコンクール・デレガンスで、すでに多くの人々が目にしているはずだ。彼らの顧客リストには「フェラーリ」「ランボルギーニ」そして「マクラーレン」といったブランドが名を連ねている。
近年の例ではフェラーリ『GTC4ルッソ』をベースにミラノカスタマイズ工房「ガレージイタリア」がプロデュースした『アッズーラ』、同じくミラノの「トゥリング・スーペルレッジェーラ」による2018年『シャーディペルシャ』(いずれも2018年)などが挙げられる。
レストレーションの分野でも重要な成果を生んでいる。2017年には今日極めて珍しい1939年のチェコ車「タトラ77ストリームラインド・サルーン」の修復に協力。車両は、イタリア北部コモで開催された「コンコルソ・ヴィラ・デステ」で選外佳作賞を受賞した。
同年には、ハイパーカー・ブランド「パガーニ」ともコラボレーション。自社製車両レストア部門発足の記念作である1999年「ゾンダC12“リナッシメント”」にレザーを供給している。
■3代の歩み
フォリッツォ・レザーの本社は、トリノの中心サン・カルロ広場から北西約6kmの地域にある。三十数名が従事する社屋は、明るい中庭を挟んで右が事務棟、左がアトリエというレイアウトだ。後者には6000点以上のサンプルが常時ストックしてあり、世界各地のクライアントの求めに応じて毎日発送している。近年は、デザイナーの便宜を図るため、在庫のある商品サンプルをセットにした「エッセンシャルボックス」を開発した。
今日のフォリッツォ・レザーの経営は、創業3代目にあたる3兄弟によって行われている。三男マルコがCEO、二男パオロが商業戦略、そして長男のピエロが中国をはじめとするアジア地域を担当している。2022年11月には、世界で9番目のショールームをニューヨークのソーホーに開設した。
取材当日ドバイ出張から帰ってきたばかりのパオロ氏に、自社の沿革を解説してもらう。「20世紀初頭、私の祖父アドルフォと叔父ジョヴァンニは家族でフランスに渡りました」。筆者が補足するなら当時のイタリアは、仕事を求めて外国を目指す人々が極めて多かった。とくに北部ピエモンテ地方は、地理的・歴史的な繋がりから、フランスを目指す者が少なくなかった。「やがて1921年にイタリアに戻った彼らは、フランス製の革の販売事業を始めました。それが我が社の起源です」
当時のフオリッツォが商品を自動車会社に納入していたかは定かではない。「ただし、トリノは早くから自動車産業が盛んであったため、その可能性は高いでしょう」と語る。
「加えて1970年代になると、父ジャンカルロが革の古い押し型を多数入手しました。イタリアの自動車メーカー各社が1920~30年代に使用していたものです」。以来ヒストリックカーのレストアラーに、より時代に忠実なレザーを再現できるようになった。ただし、その用途は修復用にとどまらなかった。新車にもそうした伝統的パターンを投影したいクライアントのリクエストに応えられるようになった。
■「イタリアのモータウン」の底力
今日フォリッツォ・レザーはさまざまな分野にレザー製品を供給している。「売上高では現在、スーパーヨット用が最も大きく、それにホテルなどのホスピタリティ用、高級住宅用、プライベートジェット機用が続きます」
参考までに、フォリッツォが取り扱う製品はすべて食品産業の副産物として回収され、廃棄物として処理されるはずの皮革をベースとし、98%はEU圏内で調達している。加えて広報スタッフは「皮革は耐久性や修理・リサイクルが可能という観点から、実はもっとも古いサステイナビリティである」と強調する。同時に、たとえば航空機用レザーは60秒の耐火性能が求められる、さまざまな意味で要求基準が高い世界だ。
売上高という視点からすると自動車部門の割合は約5%にとどまる。ただしパオロ氏は「ただしクオリティへの要求が高まっているため、今後数年で大きな成長が見込まれます」
量産車用と高級車用レザーとの違いは? その質問にパオロ氏はまず、量産車用レザーの現状から説明する。「高い耐久性にもかかわらず低価格が求められます。そのため業界全体が、通気性が悪い被覆用顔料を用い、手触りもあまり良くないものを使わざるを得ません」。対して、フォリッツォの高級車用レザーは「耐久性とクオリティとの適切な妥協点によって、エモーションと快適さを備えたインテリアを提供できると信じています」と語る。
「私たち・クライアント双方の創造性によって、洗練された高級感のあるインテリアが実現できるよう目指しています」とパオロ氏。広報スタッフの言葉を付け加えるなら、その一歩は「常にクライアントが、何を望んでいるかを的確に把握すること」だという。
最後に、アトリエの一角に置かれた、特別な棚に案内された。そこに立てかけられているのは、前述の父ジャンカルロ氏が入手したものや、創業時からの型押し用鋳鉄製板だ。ふたたび広報スタッフによれば、それらに刻まれた往年のパターンは、クライアントのデザイナーにとって、たびたび新しい発想源として役立っているという。イタリアの大きな古着店は、販売用とは別にアーカイヴをもち、ファッションデザイナーたちのインスピレーションを助けている。それと同じ役割を果たしているといえる。商品開発期間に3~4年をかけるクライアントも地道にサポートする。
今日のトリノを自動車生産台数という点でとらえると往年の水準には遠く及ばない。しかしながら、豊かなレガシーを擁するフォリッツォのような企業が脈々と存続し、サプライヤーやデザイナーたちを支えられることは、イタリア版モータウンの大きな強みなのである。