2019年6月に、自動車整備用の工具と機器を販売するアストロプロダクツを訪問。既にタイで6店舗の出店、着実に顧客層を広げている。タイ責任者である中澤信也氏とマネージャーの佐々木健氏に立ち上げ期から現状までの動きについて話を聞いた。◆タイに進出、3年で6店舗出店埼玉県深谷市に本社を置く株式会社ワールドツール。日本全国に170店舗「アストロプロダクツ」という自社ブランドを展開。自動車整備用工具を販売している。2016年3月30日にタイの首都バンコクにアストロプロダクツ1号店をオープン。2018年9月にはチョンブリに6店目を出店した。タイの自動車市場が成熟化してきている。今後は部品交換や車の改造などの趣味がはやり自動車整備工具市場にポテンシャルを感じたことで進出を決定した。タイではショッピンモールの一角への出店する形態が多い。特にタイに合うものを持ってくるのではなく、日本で販売されている自動車整備工具等をほぼすべて持ち込み、日本の販売価格と同じ料金体系で販売している。商品数は約3000点、専門性の高いものから、LED作業ライトまで幅広い品揃えとなっている。1日100人ほどの来店があり半分くらいは何かしらの商品を購入してくれている。主な広告媒体は自社のフェイスブックだ。現在7万8000の「いいね!」がある。新しい商品が出るたびにフェイスブックに掲載する。中澤氏は「今までは商品を打ち出していましたが、最近はそれらの道具を使って何ができるのか?商品の使い方を動画でとってフェイスブックで見せるようにしています」と語る。商品の使い方を直感的にイメージさせるような、戦略的な取り組みを始めている。売り上げの10%以上はフェイスブックからの問い合わせだ。このようなもの(商品)があるのか、このような使い方ができるのか、と顧客の新しい発見を広げることが、同時に業界の裾野(すその)を広げることにつながっている。◆タイにおける自動車整備工具市場現在、タイの自動車整備工具市場には大きく3つのプレーヤーが存在する。1つ目がチャイナタウンの工具屋、2つ目がホームセンター、3つ目が工具専門販売店だ。特徴として、チャイナタウンの工具屋は、陳列されておらず商品や価格、質が不明でグレーな市場だ。一般顧客にとっては怖くて敷居が高い。きちんと必要な整備専用工具やナットサイズを自分で把握していないと購入するのが難しい。最近は模造品、粗悪品に対する政府の厳しい規制によって、市場が洗練されてきている。ホームセンターでは商品が安価で手に入る。しかし住宅、建築用のDIY商品が多く特に自動車整備に関しては専門性が低く品揃えが少ない。これらの課題を克服したのがアストロプロダクツを含む工具専門販売店である。タイに進出している日系の自動車整備工具企業も数社あるが、現地代理店で運営されている。日本の本社直営での運営はアストロプロダクツだけだ。タイになかった専門性の高い自動車専門工具を取り扱うため、チャイナタウンやホームセンターの顧客とはバッティングはしていない。◆高品質な工具で新マーケット創出中澤氏は「この間、休日でパタヤのレーシングサーキットなどに行ったらアストロの工具を使ってくれていました。新しいユーザーが工具に興味を持ってくれる。そしてアストロ商品のファンも増えてきているので仕事のやりがいになります」と語る。車を運転する(Drive)喜びに加えて、これからは本格的な工具(Tool)を使いこなす楽しみを提案することで、新しい市場の創出を行っている。タイには専門的な工具販売店は少なく、新しい顧客の獲得が必要だ。「タイでは自動車工具は値段が高く種類もありません。日本で販売しているデザインと機能性を兼ね備えた高品質、高付加価値の工具の魅力を多くのタイ人にも知ってほしいです」(中澤氏)。更に「数10年前の日本でも、車が普及すると今まで整備工場に持ち込んでいたワイパーやオイル交換くらいは自分でやってみようという人があらわれました。オイル交換でも自分でやるようになると、不思議と様々な修理やパーツに興味が出てくるものです。ワンストップで揃うお店があればタイ人にとって便利です。ユーザーが車に興味を持つことで整備業界も活発になります」と指摘する。ネットなどを通じて情報が得やすくなった。今まで自分で工具を使っていなかった人でも、使いやすい環境になってきた。地方都市、所得向上によって趣味も多くなってきている。自動車整備工具市場に興味を持つ新顧客は着実に増えてきている。◆今後は人材育成と趣味の創出自動車整備工具市場は、まだ新しい市場だ。そのため人材がまだ育っていない。専門性が高すぎるお客様がくるとタイ人スタッフではお答えできないことが課題だという。全店会議を毎月行う。日本人が訪問して、直接商品の説明やわからないことを共有することでスキル・知識向上を目指している。また、できるだけタイ人が主役になって自らの視点で商品の展示や、商品説明、お客様が知らない商品の動画を制作し、情報提供していくことを目指している。佐々木氏は「お店では定期的に値引きセールをやっています。その辺りの商品の展示方法なんかもスタッフに考えてもらって自主的にやってもらっています」と語る。商品紹介は、スタッフが動画を紹介して、それをFBで流す。FBを見て来店したお客様がお店に行ったらそのスタッフがいる、というのが理想だ。タイ人スタッフ自身が交代交代で商品紹介動画を作ることで商品知識も身につけ、また顧客との距離も縮めていくことができる。また、これからの課題はターゲットの絶対数を増やすこと。現在のアストロプロダクツのターゲット層は3つ。プロ(業者)、趣味、新規だ。それぞれの割合は40%、40%、20%となる。方法は、店舗数の拡大、FBやイベント出店でのマーケティング、また紙のちらしの作成も最近行っている。中澤氏は「中でも重要な部分は、プロアマを問わずにリピーター層をいかに増やしていくかだと思います。タイ人の可処分所得が増えてきて、フィットネスや、オーガニックや、生活に余裕ができてきている感じがする。そういうのを見ると、工具なんかも趣味層をいかに増やして認知度を広げていくか、それがアストロのキーポイントになるのではないか」と指摘する。確かに新しい自動車は故障が少なくなってきている。ぶつかりづらい安全装置のついた車も出てくるだろう。そうなれば修理や整備が減ってくる。そのため趣味層のユーザーを増やしていく必要がある。タイの自動車市場は新車販売のみを行う時代から、整備やパーツなどアフターマーケットビジネスへと変化してきている。そのアフターマーケットにはまだまだ伸び代が残っている。整備工場などの専門業者に持ち込む人々だけでなく、自分で軽いメンテナンスを行ったり、自分で自動車を磨いたりする新しい市場だ。これらの新しいユーザーを趣味層として増やしていくことが、自動車整備工具市場の拡大につながる。チェンマイ、プーケット、ハジャイなどはFBでの注文があるので、今後の拡大市場としての可能性は高い。タイでは専門的な工具販売店は少ないが中間層の勃興とともに、今までなかった自動車整備工具業界には大きなチャンスがある。<川崎大輔 プロフィール>大手中古車販売会社の海外事業部でインド、タイの自動車事業立ち上げを担当。2015年半ばより「日本とアジアの架け橋代行人」として、Asean Plus Consulting LLCにてアセアン諸国に進出をしたい日系自動車企業様の海外進出サポートを行う。アジア各国の市場に精通している。経済学修士、MBA、京都大学大学院経済研究科東アジア経済研究センター外部研究員。