ヤマハはモトクロス競技向けのトップエンドモデル『YZ450F』の2018年モデルを2017年6月に発表、8月30日に発売した。新しいYZ450Fは、改良型エンジンや新設計フレームに加えて、セルフスターター、ヤマハのバイクで初となるリチウムイオンバッテリー、そしてユーザーが自分のスマートフォンでエンジンのセッティング変更ができる新型「パワーチューナー」を採用するなど大きな進化を遂げている。狙いについて開発スタッフに話を聞いた。◆「後方排気」YZ450Fの第3世代モトクロスの主流がまだ2ストロークだった1997年、日本初の4ストローク市販モトクロッサーとして誕生したのが「YZ400F」だ。それはファクトリーマシンである「YZM400F」が米国AMAスーパークロスでデビューウインを飾った直後のこと。以来「最強のモトクロッサー」と銘打ってYZ450Fを2002年に投入するなど、ヤマハはモトクロッサーの4ストローク化で先陣を切ってきた。2010年モデルでは、シリンダー角度を一般とは逆の後傾とした後方排気エンジンを採用したほか、FI(電子制御燃料噴射)化と同時に、ライダーの好みやコース状況に合わせてエンジン特性を変更できる専用端末「パワーチューナー」を採用。さらに後方排気YZ450Fの第2世代となる2014年モデルでは、排気管長を稼ぐためにシリンダーをぐるりと一周する新型エキゾーストパイプを採用している。今回の2018年モデルは、こうした独創的な技術で進化し続けてきた後方排気YZ450Fの第3世代にあたるモデルだ。◆排気量が大きいほど乗りやすさが重要新しいYZ450Fについて、歴代YZ450Fの開発に携わり、現在はヤマハのMS(モータースポーツ)開発部でYZシリーズ全体もとりまとめている櫻井太輔氏に聞いた。「450ccという排気量は(モトクロスモデルとしては)大きいんですね。一番最初の4ストロークモトクロッサー(1997年のYZF400F)は400ccで、そこから徐々に排気量を上げてきたわけですが、パワーは十分にあるというか、あり過ぎるくらいだと。YZF-R1のようなオンロードモデルでもそうですが、排気量の大きいバイクほどセッティングが決まらないと乗りにくいんです」「これはヤマハ全体の特徴でもありますが、勝てるマシンにするためにもハンドリングを重視しています。コーナリングというのは車体を寝かす前の、エントリー(侵入)の部分が大事なんですが、モトクロスコースには大小のギャップがあって、そのギャップで跳ねると、ぜんぜんうまく乗れない。だからそこをいかに車体自体でうまく吸収するかが課題でした。そこが決まるとコーナリング全体もうまくいくんです」そのために新型では全体の約9割を刷新。エンジンの搭載角度も後傾8.2度→6.2度へと変えた。フレームやサスペンションの変更に合わせて、フロント荷重を増加させるねらいがあった。ヤマハならではの、ハンドリングへのこだわりだ。◆スロットルとの連動感エンジンパワーについては、「他社にはない後方排気という独自のレイアウトによって吸気がダウンドラフトで入っていきますから、出しやすい。ただ、そのパワーをいかに扱いやすくするか、特にスロットルの開け始めに、ちょっと開けたらちょっと駆動する、いっぱい開けたらいっぱい駆動するといったスロットルとの連動感にこだわりました」「私が所属するMS開発部では、隣でMotoGPマシンのYZR-M1の開発もやっていますが、MotoGPライダーのロッシがM1に乗って『Sweet』と言ったという話と一緒で、スロットルの開け始めから思った通りのエネルギーで駆動してくれると、馬力がすごく大きくてもライダーは扱いやすいんです。モトクロッサーも一緒です。YZ450Fはトップライダーだけじゃなく、アベレージのライダーにも提供するバイクなので、いかにパワーを活かせるように乗りやすくしていくか、というのが一番の課題でした」と櫻井氏は話す。◆セルフスターターも勝つための機能新採用のリチウムイオンバッテリーを使ったセルフスターターについてはどうだろう。ヤマハでもエンデューロマシンには鉛バッテリー式のセルフスターターがすでに装備されているが、スプリント競技用のモトクロッサーでは初の試みだ。「モトクロッサーは軽量でなくてはいけませんが、転倒から素早く復帰するのもレースで勝つためには重要な要素です。なので、あくまでもレースに必要な機能としてセルフスターターを採用しました。正直、日本人の体格ですと、大柄なYZ450Fでは足が届かないのでキック始動しにくいとか、足場を選ぶといったことがありました。こういった点でも乗りやすさに主眼を置いています」しかしセルフスターターの採用にあたって一番の問題となるのが重量増だ。「セルモーター自体もけっこう重い部品ですが、もっと重いのがバッテリーです。そこで新しいYZ450Fでは鉛バッテリーではなく、軽量コンパクトなリチウムイオンバッテリーをヤマハ製バイクで初めて採用して、従来品より約1.4kg軽量化しました」それだけでなく衝撃、振動、泥水、そして高温や低温にも耐える信頼性を確保するため、開発時には試作品のバッテリーをビルの屋上から落とす、泥水にさらすといった過酷なテストを繰り返したという。こうなると要求水準はほとんどミリタリースペックだ。話を聞いているうちに、これだけの高性能が惜しみなく与えられトップモデルが車両本体101万5200円であるのが、あらためてお買い得に思えてくる。櫻井氏はさらに「個人的にモトクロッサーは地上を走る乗り物で一番面白いと思っています」と言う。◆“オフロードのマニア”を育てるところでヤマハは、モトクロス競技用モデルのYZシリーズを国内向けだけで計10モデル用意している。さらに海外向けのWRシリーズを含めるとバリエーションは極めて豊富だ。ヤマハでは今のオフロードバイク市場を、どう見ているのか。商品企画を担当する田口晃広氏と先進国営業部で北米・大洋州を担当する永吉岳氏にも話をうかがった。「実際のところ、メイン市場は北米、豪州、欧州で、特に大きいのが米国です。ヤマハがキッズ向けのPW50も含めて、上から下までラインナップをそろえているのは、子供の頃からヤマハのバイクに親しんでもらって“オフロードのマニア”を育てていきたいと考えているからです。そのため、レースに参戦するライダーをサポートしたり、トップライダーを招いて初心者からプロレベルまでを対象にスクールを開いたり、すそ野を広げる地道な活動も行っています」ちなみに“オフロードのマニア”という言葉は、最近ヤマハのパンフレットなどで頻繁に目にするもの。新しいYZ450Fのキャッチコピーにも「マニアだけが知る“走る欲望”をかきたてられる次世代YZ」とある。「米国ではやはり『遊びの文化』が確立されているのが大きい。また『ステップアップ』という楽しみ方もあって、つまり子供の時にクリスマスプレゼントでPW50を買ってもらって遊び、それがYZ85になり、やがてYZ125、YZ250という具合にステップアップしていく流れが根付いています。そして成長したライダーが今度はお父さんになって、またお子さんに教えていくというサイクルがあります。北米では実際にそういった好循環でヤマハのバイクを楽しんでいただいています。日本でも最近はエンデューロレースが人気で、幅広い年齢層の方にオフロードバイクを楽しんでもらっていますが、今後は日本でも今以上に、子供から大人まで家族全員でレースを楽しんでもらえるようになればいいと思っています」