6月23日の英国国民投票の結果は世界を揺るがした。接戦となっても最終的には「残留」が勝利すると多くの人が信じていた。それだけに、マーケットの動揺は大きく、日本では円ドル相場は一時99円台にも達し、株価の下落幅は一時1000円を超えた。これは、円が安全通貨で買われ、円高が株価を引き下げるという「リーマンショック」と同様の現象が起きたと言える。「先行きの不透明感」という意味では、リーマンショック以上だと思う。最悪のケースにおいては、EUの崩壊や欧州金融システムの崩壊など、世界経済の根幹が揺らぐことにもなりかねない。◆日本の自動車メーカーは撤退か英国は、これから約2年をかけてEUからの離脱交渉を進めていくことになるが、「EUとの経済関係は維持したまま、移民の受け入れや拠出金の受け入れは拒否する」という「いいとこ取りの関係」はあり得ない。英国は、少なくともEU市場へのフリーアクセス権は失うことになるだろう(最も現在でもポンドがユーロに入っていないので全くのフリーというわけではない)。よって、前回のコラムでも述べた通り、英国でEU向けに生産活動を行う製造業は、コストアップを余儀なくされ、日本の自動車メーカーも英国での生産継続は難しくなる。日産、トヨタ、ホンダなどは、英国各地で大きな雇用を支えており、これらが英国から撤退するとなると「大量失業」を生み出すことになる。◆騙されて「離脱」を選んだ工場労働者今回の選挙結果では、英国南部の工業地帯が「離脱」を選択(移民に仕事を奪われるという懸念から)、北部とロンドン市が「存続」を選んだ。しかし、前述の通り、最も「負」の影響を受けるのが、工業地帯であり、「失業」を目の当たりにするのが「離脱」を選択した工場労働者ということになる。工場労働者は、自ら「大量失業」という引き金を引いてしまったというわけだ。報道によれば「離脱派」は、広報パンフレットに日産やトヨタのロゴを張り付け「これらの企業は離脱を支持している」と書いていた。日産、トヨタは、こうした詐欺行為に対して訴訟を起こすというが、訴訟を起こすべきは、日産やトヨタではなく、騙された工場労働者の方だと思う。今回の国民投票では、そもそも「離脱派」は具体的な離脱後の英国の姿を提示していない。前述の通りの詐欺まがいのPR戦略で、労働者層を扇動したと言っても良い。その「離脱派」のリーダーであったジョンソン前ロンドン市長は、次期首相としてEUとの交渉にあたると見られていたが、首相候補から辞退したという。全く無責任な話である。◆ラストチャンスはある日本の自動車メーカーなどが英国から脱出し、「失業」の嵐が吹き荒れた時、初めて南部の工場労働者は「騙された」ことに気付くだろう。恐らく、2年後あたりとなると思うが、その時に、国民投票の「やり直し」のラストチャンスが訪れるのではないか。この「やり直し」の声は、是非、自動車工場の労働者から出てきて欲しい。彼らが、今回の国民投票の一番の犠牲者と言えるからだ。<土井正己 プロフィール>グローバル・コミュニケーションを専門とする国際コンサルティング・ファームである「クレアブ」代表取締役社長。山形大学特任教授。2013年末まで、トヨタ自動車に31年間勤務。主に広報分野、グローバル・マーケティング(宣伝)分野で活躍。2000年から2004年までチェコのプラハに駐在。帰国後、グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年より、「クレアブ」で、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。