日本アイ・ビー・エム(IBM)は、4月13日・14日に都内で「The DX Forum」のリアルイベントを開催した。テーマは「リアルとデジタルが一体化するボーダーレス時代のビジネス変革」。会場では30以上の講演が行われ、メタバースやデジタルツインなどの先進テクノロジーを活用した取り組み、モダナイゼーションに対応した最新のインフラストラクチャーの構築事例、データを活用したプロセスの自動化や最適化、金融、保険、自動車、電機・電子、ヘルスケア・ライフサイエンス、電力・ガス、通信など幅広い分野の最新動向などが紹介された。
自動車関連では、「自動車業界のEVシフトがいよいよ本格化する」と題し、IBMのオートモーティブ事業のコンサルティングに携わる3名が、トークセッションを通じてEVの普及と市場の現状、企業の取り組みや潜在的ユーザーとの温度差について、最新の動向を論じた。
IBM インスティテュート・フォー・ビジネス・バリューの自動車・電機・エネルギー産業におけるリサーチ・グローバルリーダーであり、今回のセッションでモデレーターを務めた鈴木のり子氏は、EVは自動車業界でもっとも熱いトピックであり、2050年のCO2排出ゼロに向けてドイツ、日本、アメリカの自動車メーカーらの本格的参入が続いているが、市場規模ではいまだ世界の自動車市場全体に占めるEVのシェアは5%程度で、EV普及は進行中とはいえこれまでも何度かブームが来ては静かに去っていくことの繰り返しだったと、指摘する。
だからこそ今回、本当にEVが普及する方向に世界が向かっていくのか? もし本当に自動車業界がそちらに向かうのであれば、どのような形でIBMが貢献できるかを探るため、持続可能なモビリティ社会の実現に向けて全世界9か国の自動車業界の幹部1500人以上と、7か国の消費者1万2000人以上を対象に、グローバル市場全体の75%の地域をカバーする調査を行ったという。以下にセッション冒頭のプレゼンテーションを要約する。
◆EVシフトに対し企業と消費者はどう考えているのか
鈴木のり子氏(以下敬称略) : まず消費者との温度差ですね。今後3年以内にEVを買う意志があるか? という問いに対し、50%の消費者はイエス。中国やインドのような新興国ではさらに興味が高く80%以上がイエスと答えています。対して日本では9%と、興味の盛り上がりが薄い。(会場に向かって)普段、車をお持ちの方はどのぐらいでしょうか? ではEVにお乗りの方は? お一人。やはりまだまだで、調査データの通りですね。ではハイブリッド車の方は? (挙手した人の)半分ぐらいでしょうか。電動化という意味では進んでいるけれど、EVを購入する人はまだ少ない。2030年の段階で日本のEV販売シェアを自動車業界の幹部たちは45%、世界全体のEVシェアは40%と予想しています。これはじつは自動車メーカー各社が発表しているより少し低い数字になっていて、目標値に対して達成可能なのはこのぐらいではないかと、業界が考えている。
またICE(内燃機関)がいつまで残るか、2040年までにはICE商品の販売は終わると、幹部層は予想しています。世界的にも同じくで、1500人の幹部のうち2040年以降にICE販売が続くと思う人はゼロ。自動車業界を20年以上担当している私としても、新鮮な結果でした。
では投資について、EVとハイブリッドとICE、電池燃料車の中でどう配分されているかを見ると、日本ではすでにEVが投資配分の上ではICEを抜いて置き換わっています。ハイブリッドと内燃機関については横ばいで、投資配分が変わるタイミングというか転換点は、2022年の段階で日本は起きている。EVへのまさに変換点にあるといって差し支えありません。
実際に消費者がEVを買うための動機について、業界幹部に尋ねると一番上に来る回答は、環境に良いから。環境促進のために消費者が買う、と。また充電ステーションが豊富にあること、これが2番目。でも消費者にとって環境という要因は低くて、むしろ優先順位の高いものはコストに関することなんです。自宅で充電できることが大きな訴求要因。購入の障害となるのは、公共の充電ステーションがまだ不十分で、自宅で充電設備を設置するのが集合住宅などで困難であること。充電とそのコスト、このふたつがいまだ解決すべきものとして横たわるわけです。購入から下取りまでの総所有コストについて、従来の車と比べてどのぐらい差額を許容できるかを問うと、50%の消費者が従来と同程度かそれ以下を期待しています。以前から言われていますが、実際は逆でEV価格の方が高い。ただ、ひとつのソリューションとして自動車業界はサブスクに注目しています。EVの販売形態として40%が2030年までにサブスクになるのではないかという回答が得られています。
すると自動車業界のオペレーション・モデルが変わっていく。どの分野でパートナーと協業していくか? また新たなコア領域として考えていることは何か? という問い対しては、電気・電子部品の開発と製造。それから自動車メ―カーの昔からのコアである最終組み立て。一方でEVのコアといわれるハードウェア、ソフトウェアのプラットフォーム、電池については、非常に意見が分かれているとことで、どちらかというと協業でいいという傾向が見られます。
それから今後3年間の優先投資順位ですが、日本ではEV関連の投資はマーケティング販売に集中していく。消費者サイドでの認知がまだ足りないと考えられている。
一方でサプライヤーは今回のEVシフトを肯定的に捉えていて、2030年までに売上が20%増加すると見込んでいる。どうやって達成するかですが、ICEビジネスの縮小、撤退した分を、新しい商品やスキルに投資する、EVシフトを乗り切ると考えているようです。
充電については、日本の消費者はおもに自宅を充電場所とし、52%。裏を返せば、半分ぐらいは自宅ではない場所をメインに充電しようと考えています。目的地充電ですね。職場やショッピングセンター、マンションや近場の充電機会の共有。それらをバランスよく、メインの充電場所として考えている人が多く、インフラ整備について幅広いアプロ―チが必要ということだと思います。
充電インフラの整う状況については、2030年までに十分に整うと答えた業界幹部は11%。およそ40%の方々は2035~40年までは十分に整わないだろうと考えているようです。先ほど2030年、EVの販売シェアが45%という数字が出ていましたが、11%で間に合うのでしょうか? という点が疑問として浮かび上がってきます。
◆日本の現状と課題、重要なのはプレーヤーの連携
続いて、後半に行われた鈴木氏とIBMコンサルティング事業部オートモーティブ・サービス事業部長 中村祐子氏、同 製造流通サービス事業部 パートナーの中西美鈴氏の3名によるトークセッションの内容を紹介する。
鈴木 : 今回の調査結果で、日本ではすでにEVシフトへの転換が、起こっているとありました。メディアでは乗り遅れたという悲観論を目にしますが、実際にお客様と話をしていて、二人はどう思いますか?
中村祐子氏(以下敬称略) : お客様と話していて耳にするのは、電池の開発で、日本はハイブリッドにおいてかなり成功した分、EVの開発に出遅れた、そういう人が多い。ハイブリッドで売り上げを伸ばしているかたわらで、今現在は新規参入者たちがEVにどんどん投資して成功している状況と見ています。電池の素材になるリチウム産出量も中国が世界第3位と、そちらも急速にキャッチアップする必要があると考えています。
中西美鈴(以下敬称略) : 私がお客様と話をしている中では、各社間でかなり差が出てきていると感じます。EVをコアビジネスと捉えている会社ですと、全社構造改革の勢いでそれこそヒト・モノ・カネを集中していると。これから力を入れようとする会社ですと、現場の人たちがどうやって経営者を説得しようか考えているような。差が出てきている。でも先行する欧米の会社はかなり先を行っていますし、あとベンチャー系が猛スピード伸びてきているので、経営者の意思決定スピードが重要になっていると感じます。
鈴木 : そうですね、メディアに出ている以外の水面下のところで、色々なことが起きていることが分かります。次はEV購入のモチベーションという話なんですけど、全世界的に企業と消費者間のギャップがあって、とくに日本は大きかった。メーカーは環境意識が一番というけど、消費者はそうでもないと。この認識の違いをどのように捉えられていますか?
中村 : 経営者が環境を一番に挙げて、消費者の方では最下位でしたが、やはり日本の発電事情があるのかなと考えています。どうしても化石燃料に頼るところが大きいため、EVが果たして環境にいいのか? 消費者の腹落ち感、同意がえられないと考えています。またコストに関してもギャップがありましたが、A地点からB地点への移動は今でもガソリン車で果たせているのに、わざわざEVに投じる動機はどこにあるのか? あと重要要素である充電インフラがなかなか整わないことに対するギャップ。東京都内の集合住宅ですとタワーマンション等が沢山建てられていますが、そういうところの充電設備をどうするのか。
中西 : 企業は環境重視、消費者はコストと充電ということは、お客様からもよく聞くので、今回の調査はよく表れていますね。消費者の関心のあるコストと充電のところをどう訴求していくかは、各国のインフラの充実度で変わってくると感じます。先日、インドに行ってきたのですが、インドのIBMの地下駐車場でタタ・モーターズのEVと新興ベンチャーの電気モーターサイクルが、壁のコンセントを使って2台並んで充電していたんです。そういうインフォーマルな充電方法もあれば、政府も一生懸命、フォーマルな充電インフラを作ろうとしている。そんな中でどうやって自動車会社のビジネスを適用させていくか、に課題が見えてくると思います。欧米でいうとショッピングセンターにたくさん、充電施設あります。欧州では充電待ちができている状況もあるので、自動車会社としてユーザーにどう訴求していくか、考える必要があると思います。
鈴木 : EVに変わってくると自動車会社のオペレーション自体が変化する、というロードマップが描けていないのではないかと。その変革のためのヒントはありますか?
中村 : 自動車会社はFCVやハイブリッドに投資を継続しつつ、EVにも投資していますが、自社投資だけでなく業界をまたがるアライアンスのようなカタチでEV化を進めようとしています。有名なところではソニーとホンダが一緒に車を造っていこうという動きもありますし。逆に目立たないところでは、商用車メーカーが乗用車メーカーとFCVを一緒にやっていこうといったアライアンスも発表されています。あと業務変革の観点では、人材面をソフトウェア開発にシフトするのももちろんですし、業務そのものをソフトウェア開発から配信まで整備していくように、変えていく必要があると考えています。
鈴木 : 一社だけで何とかするというよりは、周りを巻き込んでの総力戦をしながら業務変革というイメージですね。
中西 : 今、中村さんもおっしゃっていましたが、オペレーションにテクノロジーをいかに効率化してコストを抑えていくか。今後、SDV(ソフトウェア・デファインド・ヴィークル)が出てくる中で、大きいOTA(オーバージエア)でソフトウェアを頻繁に更新しないといけなくなる。そうすると開発とテストにかなり本数とコストがかかってくるので、いかに効率化テクノロジーを使っていくか、保守運用を自動化していくのか、重要になります。販売とアフターサービスを見ても、オンライン販売は欧米では前面的に出ています。データを活用したアフターサービス推進もかなり現実化しています。
鈴木 : ソフトウェアのところで、先ほどの調査結果ではまだパートナーと一緒にやる、自動車会社本体も知見を蓄積中というところがありました。間違いなく重要な分野になるということですね。続いてサプライヤに関してですが、日本では500万人雇用を生んでいるといわれます。業界がICEからEVに変わると大きなインパクト受けると思うのですが、今後についてどのように考えますか?
中西 : 今回の調査結果でサプライヤの売上が20%上がると出ていましたけど、EVシフトする中で製品と部品そのもののソフトウェアを強化する、高付加価値化を進めて、売上増加するという意思表示の表れと見ています。
中村 : EVの性能を意識した製品をもうサプライヤーが出していますね。タイヤメーカーであれば燃費を上げる、せっかくEVで静かなのにタイヤが音をたててはいけないから、制音性を高めたタイヤを出す。そういったEV特化した製品が出てくる、その動きがすでに起こっていると思います。それで色々な付加価値がつけやすくなるところもあり、膨大なデータを集めて分析して、サービスや工場で活用して、製品の改善フィードバックが加速していくと考えています。
鈴木 : サプライヤーも従来と違う分野での付加価値にシフトしていくということですね。次に充電インフラについて、整備されるのは2035~40年ぐらいとありました。中国とドイツが先行、アメリカ日本が遅れ気味という。じつはバイデン政権が推進して史上最大のインフラ投資のプログラムを掲げています。そのため何か流れで一気に進むこともありえると思っています。充電インフラを進めるにあたって、課題やデジタル技術の可能性をどう考えていますか?
中西 : 複数のプレーヤーの連携が肝要であると。自動車業界や政府はもちろん、不動産、公共コンソーシアムといった、国としてのエコシステムづくりですね。一度作ったら終わりではなく、継続的に進化するテクノロジー、整備し続けられる仕組みが重要だと思います。
中村 : EVのドライバーがどう安心して遠くに行けるか。そういう環境づくりが肝になると思っています。例えば今運転しているEVが、あとどれだけ走れて、その走れる範囲内にどれだけ高速充電器があって、あるだけじゃなくてそれが空いていて、今この時点ですぐに予約ができて行ったらすぐに充電できる、といった環境づくりが必要。それには充電ステーションを作ること自体にも色々なプレーヤーが関わりますが、使う環境づくりにも色々な人が関わっていく必要があり、関係するプレーヤーがITを含めてひとつに繋がってEVの世界を作っていくことになるのかなと思います。
鈴木 : やはりエコシステム内で異なる色々なプレーヤーが協業することが必要になり、他方では徹底的なユーザー目線、消費者の視点をどのように実装していくのか。そのためにはデジタル技術の果たす役割が少なくないということですね。