『戦前日本の自動車レース史 1922(大正11年)から1925(大正14年)』
藤本軍次とスピードに魅せられた男たち
著者:自動車史研究者 三重宗久
発行:三樹書房
定価:4950円
ISBN978-4-89522-772-8
自動車史研究者が埋もれていた史料や写真を発掘・蒐集。国内外の文献をひとつずつ丹念に調べ上げ、日本のレース史の新事実に光をあてた貴重な1冊が刊行された。
いま、戦前の自動車レース史を辿るということはほとんど海外の主要なレースを調べるということと同義語であり、また、海外メーカーのモデルの歴史を辿ることでもある。しかし、1922年11月、東京の洲崎埋立地(現在の江東区)において日本で初ともいえる自動車レースが開催されたのはご存じだろうか。1922年といえば今から100年前。日本は大正デモクラシーの真っただ中。海外に目を向けると翌年の1923年にル・マン24時間レースが初開催されているので、それ以前にすでに日本でもレースが開催されていたのである。
そのきっかけを作った人物の名を藤本軍次という。1922年2月にレースカー、『ハドソン号』とともにアメリカはシアトルから帰国した日系移民だ。アメリカでは実業家であり、また自動車愛好家でもあった彼はレースプロモーターなども行っていた。帰国した彼は“日本で本格的な自動車レースを”と活動を開始。彼のもとには後の日本の自動車界をけん引する多くの人々が集まってくる。その中には自動車メーカーのオオタ自動車の創業者、太田祐雄などもいたのである。
実は戦前の自動車レースに関しては諸説あり、その実情についてはほとんど知られていない。1936年に初めてのレース専用のコースとして多摩川スピードウェイが完成したが、レースが始まってから数年後には戦争に巻き込まれてしまい、そのときの記録はほとんど残ってはおらず、それ以前のレースに関しての史料は、皆無に近い状態といってもいい。そこで著者は関係者が残した史料や、国会図書館に足繁く通い、新聞や雑誌、僅かに残っていた海外の文献などを細かく調査。ひとつひとつの史実を明らかにし、考証を行った結果が本書なのである。
国内外の史料をもとに、戦前日本の自動車レース黎明期の足跡をたどり、これまでの定説を越えたレース史の新たな事実も語られているが、それ以上に改めて日本の戦前のレース史に思いを馳せるに最適な1冊といえよう。