社会実装の足がかり、SIP第2期自動運転プログラム…5年間の成果 | CAR CARE PLUS

社会実装の足がかり、SIP第2期自動運転プログラム…5年間の成果

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SIPで重視された評価試験をシミュレーション上で行える「DIVP」が産学で提案されていた(SIP第2期自動運転プログラム成果発表シンポジウム)
  • SIPで重視された評価試験をシミュレーション上で行える「DIVP」が産学で提案されていた(SIP第2期自動運転プログラム成果発表シンポジウム)
  • 「DIVP」評価試験実施のデモ(SIP第2期自動運転プログラム成果発表シンポジウム)
  • 世界で初めてレベル3の型式認定を受けた「ホンダセンシングエリート」を搭載したホンダ『レジェンド』(SIP第2期自動運転プログラム成果発表シンポジウム)
  • 葛巻清吾プログラムディレクターによる「SIP自動運転はなぜ成功したのか~産学官連携プロジェクトのマネジメントの工夫点など」
  • 葛巻清吾プログラムディレクター
  • SIP発足当時の自動運転を取り巻く動向
  • まずは自動走行実現へ向けた研究開発を始めるにあたり、その大義を決める必要があった
  • 方向性が定まらず、最初の頃は議論を繰り返すことから始めた

改正道路交通法の施行に伴って自動運転レベル4(高度運転自動化)が4月1日に解禁される。自動運転は社会実装に向け新たなフェーズを迎える。

3月7日・8日に都内とオンラインにてSIP第2期自動運転プログラムの成果発表シンポジウムが開催された。その中で葛巻清吾プログラムディレクターが登壇し、産学官連携プロジェクト推進する中で苦労した点や工夫した点について、エピソードを交えながら振り返った。他に成果展示物も紹介する。

葛巻清吾プログラムディレクターは「SIP自動運転はなぜ成功したのか~産学官連携プロジェクトのマネジメントの工夫点など」と題し、約30分にわたって講演した。

◆SIP設立のきっかけとなった欧米の素早い動き

そもそも戦略的イノベーションプログラムSIP(Strategic Innovation promotion Program)は、府省連携産学官のプロジェクトとして基礎研究から出口までの事業化を目指しスタートした。第1期「SIP自動走行システム」は2014年から5年をかけて実施。ここでは自動運転やインフラ維持管理など、11のテーマが選ばれた。第2期では補正予算成立の関係上、第1期の最後の1年をオーバーラップさせながら2018年より「SIP自動運転」として同じく5年にわたって推進してきた。

まず葛巻氏は2014年のスタート当初を「この時点で自動運転のレベルの定義は日米欧がそれぞれで取り組む中で、何をすべきか何も決まっていなかった」と振り返る。しかし、EUや米国ではこの時点でいろいろなプロジェクトが始まっており、「特にドイツのアウディ、BMW、ダイムラーがHEREを買収するという発表にはショックを受けた」という。しかも「Googleの自動運転に関する記事が毎日のように掲載され、すぐにでも自動運転が実現するといった論調が目立った時期でもあった」ことにも焦りを実感していたそうだ。

こうした背景の下、とにかく「日本も何かをやらなければいけないとしてSIPが提案される」ことになったが、一方で「日本でなぜイノベーションが起きないかを考えると、府省が縦割りであることと、基礎研究ばかりが重視されていて、実用化や事業化といったビジョンが欠如しているのではないか」との課題が改めて浮き彫りとなったという。

そんな中でSIPを推進するきっかけとなったのは、当時ITS Japanの会長を務めていた渡邉浩之氏(故人)から「自動運転はなんのためにやるか、その大義を決めるべき」との意見が出たことからだ。つまり、「交通事故低減を目指す安全を第一優先としつつ、自動運転だけでなく高度運転支援システムの底上げも視野に入れるという目的の合意が必要」ということ。それは「国際的にガラパゴスにならないよう連携も深め、人材も育成することにもつなげる。そして、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックを一里塚として設定する」こととなった。

◆「このままでは間違いなく失敗する」葛巻氏に不安がよぎった

こうして動き出したのが「自動走行システム推進委員会」だ。しかし、実際は「推進委員会が月1回、ワーキングが月2回、計7回開催し、政府から参事官クラスの方に毎回出席していただいたが、会はまったく盛り上がらなかった」という。そこで「ITS Japan内に民間を主体とするディスカッションの場を“ミラー組織”として設けることになった」。ただ、「そこで話すのは個人の意見であって、議事録も取らない。参加も自由」(葛巻氏)とした。

さらに、トヨタ、ホンダ、日産とITS Japanのメンバー7人が集まる「KJ会」(懸案事項検討会)を立ち上げ、月1回の飲み会の場で具体的な議題を提案することになった。これにより各社の意見が少しずつまとまるようになり、そこで重視されたのが“競争と協調”であり、それを整理していくと「朧気ながら取り組むべき課題が見えてきた」という。

具体的には、競争領域となるクルマそのもの開発するところは一切取り扱わない。そして「地図情報の高度化技術やITS先読み情報の生成技術、センシング能力向上技術、さらに人とクルマの関係のHMI、セキュリティ等々この辺りが協調領域になる」とした。この考え方を元に約半年間議論を交わし、ようやく協調領域を含めた「研究開発計画」がまとまることとなったのだ。

ただ、葛巻氏によれば、各省庁から少しずつ分けてもらった予算を使って推進するとなったものの、それを「再び自分の省庁に戻して使おうという動きがあったりして、割り振られた予算なのに思うように使うことができなかった」という。その結果、研究開発を年間で5ヶ月しかできないという状態が3年続き、2014年度に向けて出来上がった施策もバラバラ。事実上、各省庁に回収されてしまったことで予算も少なくなり、「このままでは間違いなく失敗する」と思ったという。

◆危機を救った首相の一声、事務局の運営もスムーズに

そんな危機を救ったのが2015年11月に開催された第13回総合科学技術・イノベーション会議を受け、「17年までに制度整備して自動走行や高速道路における自動運転の実証を可能にしたい」との安倍首相(当時)発言、いわゆる首相の一声があり、これがすごい効果を生み出したという。つまり、これを受けて府省庁の動きが活発化するようになり、これを契機に推進委員会はそれまでのテーマを思い切って取りやめ、課題を改めて5つに統合して大規模実証実験へと動き始めることになったのだ。

その統合した課題とは、「ダイナミックマップ」「HMI」「情報セキュリティ」「歩行者事故低減」「次世代都市交通」の5つ。ここから本格的な研究開発がスタートした。その中でまず手掛けたのがダイナミックマップで、これをASEANや欧州にも呼びかけて国際標準として提案し、これに他のテーマも紐付けながら実証実験を企画してきた。そこから各社が評価試験に入ったわけだが、当初予定した以外の会社も参画するようになり、オープンな議論による標準化議論の促進につながったという。

中でも副次効果として大きかったのが、管理法人として「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」が加わったことで、「単年度から複数年度の契約が可能となり、それまでの事務局の負担が大幅に減少。さらに予算配分もフレキシブルに行えるようになったのも運営上、極めて大きかったと」葛巻氏は話す。

そして、2017年、SIPの成果を踏まえ、「ダイナミックマップ」を静的情報とする高精度3D地図の協調領域における整備や実証、運営を行う会社として共同出資した「ダイナミックマップ基盤を会社」を設立。仕様策定への支援へ向けてOEM各社にも出資を依頼し、事業化へのプロセスが出来上がることとなる。これを受けて第2期がスタートした。

◆すべての国民が安全・安心に移動できる社会を目指す

第2期では“自動走行”を“自動運転”に変え、SAEの自動運転レベルの定義もできたところで、自動運転の実用化を高速道路から一般道へ拡張し、自動運転技術を活用した物流・移動サービスも実用化することとなった。そして、交通事故低減や渋滞の削減、さらには過疎地域での移動手段確保や物流業界におけるドライバー不足などの社会的課題解決に貢献し、この結果、すべての国民が安全・安心に移動できる社会を目指そうとなった。

2018年度には第1期の良かったところを継続する一方で、オリ・パラというイベントを活用し、安全のためという大義の下、大規模実証実験を計画。一方で第1期での反省も活かし、自工会とタッグを組んでイベントの窓口とできるよう実証実験を推進していった。また、「第1期に続いて“官民ITS構想・ロードマップ2018”において、2025年完全自動運転を見据えた市場化、サービス実現のシナリオとして内閣官房が関わることも実証実験を推進する上で大きく役立った」と葛巻氏は振り返る。

その上で2020年のオリ・パラの開催を念頭に、成果をしっかりと出すためにプロジェクトを3年で計画。残りの2年は事業化・実用化の目処のあるテーマに絞って予算を重点配分することとした。また、第1期は産学官の“学”が弱かったということで、第2期は大学関係者も積極的に参加してもらい、評価をしてもらったのも大きい。国際連携についても内閣府の担当者が次々に交代するため、つながっていかない。そこで国際連携コーディネーターを設置し、“学”中心で日独連携、日EU連携も推進して結果を出すことができた。

そして、「コロナ禍にありながらメディアツアーや試乗会、国際会議などを実施したが、そのタイミングが見事にコロナの収束期にハマった。おかげで無事にイベントをすべて実施することができた」という。計画は少なくとも半年前にドキドキしながらスタートしているわけで、これらを第2期の最終成果発表会へとつなげることができたのも、まさに運を味方につけられたと言える。これらを経て、葛巻氏は「業界連携、産官連携、学学連携がうまく回って成果を出すことができたと感じている」として講演を終えた。

◆SIPの2人が振り返る9年の活動

講演の後半は、葛巻清吾プログラムディレクター(トヨタ)と杉本洋一サブプログラムディレクター(ホンダ)の2名が出席し、東京オリンピック・パラリンピックをマイルストーンとしてきたSIPの9年間を振り返った。モデレータはモータージャーナリストの石井昌道氏。以下はその要約。

葛巻氏:第1期の3年目から前任者から引き継いでプログラムディレクターとなった。組織の運営は最初からうまくいっていたわけじゃない。それどころか、かなりひねり出して試行錯誤した感が強い。プログラムディレクターはトヨタ、日産、ホンダの3社で占めているが、当初、電機業界の人を入れる話もあった。しかし、業界が違う人が入るとさらに混乱するのではないかという危惧があり、まずは業界でしっかりとまとめるために自動車業界だけでメンバーを構成することにした。

杉本氏:私は2016年度から担当することになった。それまでは予防安全とか運転支援の技術をやってきた。2015年ぐらいまでは自動運転はまだ先なのではないかと思っていたが、その後から急に加速したという印象を持っている。

葛巻氏:安全という分野はITSでも大きなテーマ。むしろ、これを軸にすることでコンセンサスは取りやすかった。開催された試乗会なども安全をセットで組んできている。

石井氏:(自動運転に対する)社会情勢も少し上がったかなという実感もある。そんな中でメーカー側も取材されるとモチベーションが上がるという効果もあったのではないか。

葛巻氏:試乗会に出てきてくれた若い人は、家族からも評価されたりしてやる気が一気に出てきた。そうした副次的な効果もあったのではないかと思っている。

石井氏:ホンダは2021年3月にホンダセンシング・エリートで、自動運転レベル3を世界で初めて市場に投入したわけだが、それはどんな効果を生み出したのか。

杉本氏:ダイナミックマップはSIP第1期の大きな成果として構築でき、我々のレベル3のクルマも、トヨタ、日産の高度なレベル2のクルマにも採用された。これは技術として実績を作ったが、もう一つは内閣官房が官民相手にロードマップを作り、その中に乗用車のレベル2、高速道路のレベル3をこの2020年に出そうと明確化されていたことも大きい。それに向けて2018年には自動運転に関わる制度整備大綱を、その秋には国交省から自動運転にかかる安全技術ガイドラインが提出され、2019年には道路交通法、2020年には道路運送車両法が改正されて2020年4月にそれが施行された。実は、人に対する道路交通法とクルマに対する道路運送車両法、この2つがセットで施行されたのは世界で初めて。これは省庁の協力があって初めて実現できたことでもある。

葛巻氏:(世界に先んじた)この実現も、東京オリンピック・パラリンピックに向かって実現するために必死になって向かっていった結果だと思う。

《会田肇》

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