今回は、ジープの世界観の話である。私はだれかにお勧めのクルマはなにかと尋ねられると、必ず、どんなライフスタイルですかと質問する。今の生活をより豊かにしてくれるクルマが、その人へのお勧めのクルマだからである。
しかし、ジープは違う。ジープは、これまでどんな生活をしていようが関係なく、現実をいい意味で粉砕するほどの勢いで超え、未踏の地を突き進ませてくれるクルマだからだ。ジープを手に入れることは、まるで、外国人のダーリンと結婚して、文化のまったく違う異国の地に住むくらい人生を変えてしまうことに似ている、と思う。
アメリカ流「本気の」BBQとジープの世界観
今回は、そんな疑似体験をさせてくれるイベントに参加した。まさにジープの世界を先頭でけん引するピックアップトラック、『グラディエーター』のプレス試乗会「Jeep Real Grill」である。一般的にプレス試乗会では、車両の技術的な説明に多くの時間を割く。しかし、今回は技術の話はなく、語られたのはジープの世界観。もっと言うと、アメリカのキャンプスタイル&キャンプ飯というぶっちぎりぶりである。
熱く語ってくれたのは、ジープブランドなどを持つステランティスのインドアジア太平洋地域、セールスマーケティングオペレーション上級副社長のビリー・ヘイズ氏。なぜ、社長でもなく、広報部長でもなく、ヘイズ氏なのかというと、それは彼が生粋のカーガイならぬ、「ジープガイ」だからだ。ジープと共に育ち、ジープ&アウトドアという世界観の中で成長し、これからの人生を共に歩む相手はジープ好きでなければならぬと言い切り、そしてその通りの相手と結婚し、現在、次期ジープファンを4人、育てている真っ最中の人だ。
ジープガイのヘイズ氏は、日本のBBQにずっと悶々とした思いを抱いていたようだ。日本のBBQは、いわゆる焼肉風であり、アメリカの大地で食するものとは違うというのである。
本物のバーベキューは、ジューシーで柔らかい肉に仕上げるために、ホットスモーキングと呼ばれる低温でじっくり焼き上げる方法、具体的には50~80度で4~18時間(!)かけるという。ゆえに、今回のイベントでは、ヘイズ氏自ら徹夜で準備した本物のポークリブやプルドポーク、マカロニチーズ等が用意された。
今回は、時間と用意する量の関係で、時間のない場合や初心者用として使われる、スモーククッキングという手法で調理された。とはいえ、資料として渡されたポークリブ等のレシピを見ると、それでも2~4時間かけて焼いている。しかも、「約107~121度で3時間……」という細かい数字に、アメリカ人はそんなに神経質だったっけとのけぞる。
そうか、摂氏と華氏の違いか!と思いつき、さっそく変換してみるも、「224.6度~249.8度」というさらに中途半端な数字になってしまった。アメリカ人は、BBQになると人格が変わるのかもしれない。いや、そのくらいBBQに本気なのか。
当日、ふるまわれたBBQは、ポークリブ、プルドポーク、ビーフリブアイフィンガー、チキン、マカロニ&チーズ、そしてグリルした野菜たち。アメリカ人らしからぬ繊細さで焼き上げたBBQは、小食動物である自分が悔やまれるほどおいしかったことを報告しておこう。
ジープは人生を変える言い訳を連れてくる
イベントの合間に試乗したグラディエーターは、全長が5600mm、ついでに高さが1850mmと大きく、これで私の移動範囲である東京近郊を動くには、駐車場問題も含めてちょっと勇気がいる。しかし、V型6気筒の3.6リットルエンジンを、8速ATで動かすと、底知れぬトルク感にちょっと直線を走らせるだけで、高揚感が一気に高まる。
「ジープを手に入れたら、人生が変わる」と言うけれど、確かにこのクルマを手に入れてしまったら行動範囲は確実に変わる。というか、都会をちょいちょい走っている場合ではない(駐車場も選ぶし……)。北海道にでも移り住み、大型犬といっしょに住む選択肢が俄然、身近に思えてくる。そして、アメリカンBBQ用の窯を買い、荷室にキャンプ用品を詰め込み、徹夜で肉を準備し、50~80度の低温で18時間かけて焼き上げるのだ。
クルマを選ぶとき、人は言い訳が欲しくなる。子どものため、速いクルマが好き、ハイブリッドは環境にいいなど。ジープの場合、言い訳が先ではなく、人生を変える言い訳を連れてくる。私はすでに、『レネゲード』まで到達しているのだが、うむむ、グラディエーターの「でかい、速い、強い」のオーラが突き刺さってくる。これ、一度、手に入れたら、あっという間にジープの世界観にやられ、人生がさらに180度変わりそう。実に危険なクルマなのである。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。レスポンスでは、女性ユーザーの本音で語るインプレを執筆するほか、コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。最新刊は「世界でいちばん優しいロボット」(講談社)。