◆イタリア生活回顧録その4「謎のメルセデスベンツ事件」新型コロナウィルスによるステイホーム期間特別企画も第4回になりました。今回は、謎のメルセデスベンツ事件です。イタリアは怖い。お店ではお釣りをごまかす。タクシーは遠回りをする。スリもあればひったくりも多発する。女性ならではの危険だってある。まわりの人がよかれと思って教えてくれるこうした情報に不安はMAXになり、イタリアに渡る前には防衛策として、当時レアな存在だった防犯ブザーとスタンガン(!)を用意したほどである。ボローニャに住み始めてからも、夜は当然、出歩かず、どうしても遅くなった時はクルマを停めた場所(街の中心以外は停め放題)からアパートまで全速力でダッシュした。アパートから離れた場所にしかクルマを停められなかったときは、大声で歌った。頭のおかしい東洋人のふりをしたのである。しかし、人間には警戒心のゆるむ瞬間というものがある。そう。なぜあのとき私は、見ず知らずの男が運転するクルマに乗り込んでしまったのか……。◆空港からのリムジンバスに乗ったのは私ひとりボローニャは北イタリアにあり、飛行機ならパリまで2時間弱、ロンドンまで2時間ちょいで行ける位置にある。めっちゃ便利! なので、留学中といえども欧州のあちこちに取材に出かけていた。その日もパリまで仕事に行った帰りだった。私は空港からリムジンバスに乗った。リムジンバスは、ボローニャ空港を出るとボローニャ駅に直行し、さらにその先のフィエラと呼ばれる東京ビッグサイトのような場所、つまり、東京モーターショーならぬボローニャ・モーターショーが開催される展示場まで行く。私の住んでいたアパートはフィエラのすぐそばにあり、空港からのアクセスがとてもよいのである。夜もかなり遅い時間だったと思う。空港からのリムジンバスに乗ったのは私ひとりだった。ボローニャ駅が近くなったとき、私はふと気になって運転手にたずねた。「このバスは、フィエラまで行く?」ときどき、ボローニャ駅止まりがあることを思い出したのだ。すると、運転手は答えた。「いや、行かないよ。駅までなんだ」がーん。駅止まりか。そうなると、駅から路線バスか。いや、この時間帯に路線バスってあったっけ? 今日は疲れたし、重いコロコロバッグといっしょだし、タクシーに乗っちゃおうかな。いや、ビンボー留学生にタクシー代は痛い。30分、歩くか。うーん、どうしよう。すると、運転手はどこかに電話をしはじめた。小声で早口で、私にはなんと言っているか聞き取れなかった。リムジンバスがボローニャ駅に着く。降りようとすると、運転手がいっしょに降りてくる。そして、バスのすぐ前に停まっている黒塗りのメルセデスベンツ(しかもご丁寧に背広を着た運転手が横に立ってドアを開けている)を指さし、乗れ、というではないか。◆勧められるまま乗り込んだメルセデスベンツの正体は「いいから、いいから」リムジンバスの運転手はイタリア人らしく大きなジェスチャーをしながら、笑顔で乗れ乗れとうながす。コロコロバッグを入れるために、トランクも開けられた。正直なところ、疲れていた私は、思考能力を使い果たしており、勧められるままに乗り込んでしまったのである。ああ、私のばか。なにやってんだ!メルセデスベンツが走り出した。ぼーっと車窓を眺める私。そこには疑いの欠片もまったくなかった。ああ、やっと家に帰れる……。頭のなかにはそれしかなかったのである。しかし、途中ではっと気づいた。これって、これって……!!!ハイヤーだとしたら、いったいいくら請求されるの?↑そこじゃない、私!フィエラが近づいてきた。背広姿の運転手が振り向いて聞いてきた。「どのへん?」「いや、もう少し先がアパートなんだけど……。」かくして、メルセデスベンツは私のアパートの前にぴったりと停まり(拉致ではなかった!)、背広姿の運転手は、トランクから丁寧に私のコロコロバッグをおろしてくれる。私は腹をくくってたずねた。「いくらですか?」すると、返ってきた答えはこうだ。「いやあ、僕もよくわかんないんだよねー。お金はいいよ。急に電話がかかってきて、シニョリーナを一人、フィエラまで運んでくれって言われただけだもん。」えええーっ!今でも思う。あれはいったいなんだったんだろう。それにしても、あのときの私は、なんという警戒心のなさだったのか。一歩間違えればあの世行きである。無事でよかった。そして、あのときのリムジンバスの運転手さん、メルセデスベンツの運転手さん、ありがとうございました(と、ここで書いても伝わらないんだけれどね)。(たぶん続く……かも)※これは私がイタリアに留学していた1995~1997年のときの話です。デジカメがないころなので、当時の写真はありません!岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。