新中の全く正反対の自動車販売構造をもつアセアンの新興国ラオスとカンボジア。2国の新興国市場の未来はどうなっていくのか。◆ラオス自動車市場の変遷ラオスは、インドシナ半島の中央に位置し、タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、中国に隣接する内陸国だ。私がラオスを初めて訪問した20年前などは首都ビエンチャンでさえも道路は舗装されておらず、騒々しいクラクションの音とは無縁の国であった。しかし1986年以降、都市部を中心に自給経済から市場経済へ移行。更に2004年から自動車輸入の規制緩和が行われ自動車が増えだした。その結果、2004年から2009年まで中古車の輸入が急増。特に日本と韓国から古い車が入ってきた。ラオスは日本とは異なり左ハンドル(右側通行)である。そのため日本からの中古車は、ラオス国内でハンドルを右ハンドルから左ハンドルへ改造するコンバージョンが行われていた。しかし、渋滞と安全性、更に環境の側面から政府は2009年に中古車輸入を実質ストップ。それ以降、中古車は入ってきておらず、ラオス自動車市場は新車輸入台数が増加する形となった。まさに新車天国といえよう。◆新車天国ラオスの自動車市場現地に進出しているトリペッチいすゞでのヒアリングによれば、ラオスの新車の年間販売台数は約3万5000台(2015)であった。一方で、中古車の年間販売台数は、首都ビエンチャンで6,700台(2015)。ラオス全体で15,000~18,000台(2015)ほどと推計している。ラオスなどの新興国は統計データもないため市場を把握する情報が極端に少ない。特に中古車は自らの足を使ったインタビューによって市場規模を調査した。これによれば、年間自動車販売台数の70%が新車となっている。ラオスでは他(ほか)のアセアン諸国と同様に日本車の人気が高い。日産、マツダ、三菱、ホンダ、いすゞの日系自動車メーカーのディーラーが進出してきている。しかし、やはりマーケットシェアは45%のトヨタの人気が高い。近年では価格の安い韓国車が市場を広げてきている。部品単位で輸入してラオスで組み立てるコンプリートノックダウン生産方式を採用する韓国系企業(コラオ)も躍進している。◆ カンボジア自動車市場の変遷カンボジアはクメールルージュの支配、貧困と苦難の道を歩んできた。内戦は1991年まで続いた。しかし、近年では首都プノンペンには高層ビルが建てられて、イオンなどのショッピングモールもできるなど、街は活気に溢れている。新車販売は日系メーカーで最も人気の高いトヨタが1995年に豊田通商を通じて進出して販売を始めている。中古車は、1990年代後半から2000年過ぎまで、日本からタイを経由して中古車が輸出されていた。それ以降、カンボジアの中古車の輸出元はアメリカに変わった。現在、カンボジアに入る約8割の中古車がアメリカから輸入されている。特徴的なのが米国メーカーの車ではなく、左ハンドルの日本メーカー車という点だ。レクサスのRXやLXなどは大人気だ。変化した理由として2001年製造以降のモデルで更に左ハンドル車でないと中古車として登録ができなくなった。プノンペン市内には約300店の中古車販売店があり市場は活発だ。しかし、アメリカからの車はほとんど保険会社から買い付けた事故車であるという問題点は放置されたままだ。誤解を恐れずにいえばカンボジアは「アメリカの自動車ゴミ集積場」となっている。アメリカでの事故車やすごい走行距離を走り自国で販売できないような中古車がカンボジアに入ってきている。輸入中古車のうち約40%が全損状態から修復されたものだという。◆中古車天国のカンボジア、その理由は?カンボジアの国内にある自動車の約90%が中古車で、新車は10%ほどしかないといわれている。まさに中古車天国だ。トリペッチいすゞ(カンボジア)でのヒアリングによれば、カンボジアの新車の年間販売台数は約6500台(2015)。2015年のカンボジアへの新車中古車合わせた輸入台数は5万6760台、そのうち中古車は約5万台。新車は6000台ほどしかない。このような市場構造になった理由としては、(1)輸入規制の欠如、(2)高い税金、(3)自動車選球眼の欠如、があると私は考えている。カンボジアを除くアセアン7か国には、現在中古車規制があり事実上輸入が不可能となっている。中古車規制がないことに加えて、世界ではカンボジアの経済力、マーケット規模が世界的に比べて弱い。そのため品質や付加価値が不要な中古車市場との認識がある。また、輸入関税が新車で200%以上、中古車で150%から220%と高い税率になっていた。カンボジアでは、AECの発足により2016年4月より新税制がスタート。輸入税ゼロとなったが特別税を増加。一概にはいえないが全体として3から4%ほど税金が増加して格好だ。事故車のような安価な車を購入して、低い税金体系を享受する市場構造になっていたのだ。もう一つ付け加えるとすれば、グレーなマーケットという点だ。カンボジアに輸入された自動車のうち正規販売代理店経由によるものは10%のみ。それ以外の90%が非課税で販売されたという。正規代理店は販売時に税金がかかるのに対し、グレーマーケットでの販売者は税金を支払っていない。彼らはブローカー業を生業としているため商業登録を行わず、自ら車をアメリカから輸入しない。紹介での仲介料のみもらい、税金支払いを免れている可能性が高い。更に、このような市場構造のため昔から良質な中古車が存在しておらず、売り手、買い手の両方とも自動車の目利きができない。安価な労働力を安価な偽装パーツや輸入中古パーツを使って修復させる方がカンボジアのニーズに合っているようだ。◆ 新興2か国の今後の展望前述したように両国の特徴は全く異なる市場だ。しかし、今は逆の動きが起ころうとしている。ラオスの自動車市場の大きな方向性としては「国の政策による物品税の変動で新車価格が上昇する可能性が大きい。それによって新車から中古車へとトレンドがシフトする可能性が大きい」(ラオスの中古ディーラー店経営者)。実際にその流れを敏感に察し中古車ディーラーの数がラオスで急激に増加傾向であるという。カンボジアでは中古車の規制がないため中古車比率が高い、歪(いびつ)な自動車市場となっている。一方で視点を変えると、カンボジアで中古車規制ができた場合、一気に新車需要が増えることが予想できる。「規制が入るとすれば中古車の年式規制(10年落ち)が現実的である。実現するとすれば、2018年の国民議会選挙が終了した2019年だ。また、2年以内に新車に安全法規10項目が追加される予定だ、そうなれば中古車にも同じレギュレーションが必要になる可能性もある」(カンボジアの新車ディーラー)。共にタイとベトナムの間に位置する地理的メリットがある。今進められている経済回廊のインフラが整備されると、輸出・輸入が簡素化されて周辺諸国からの自動車流通が増えていくことになるだろう。安い労働力を求めて労働集約型の工程を両国に移し、タイやベトナムの生産拠点を補完する流れも増えてくる。このような新産業が経済の活性化に繋がる。中間所得層の増加に伴い、新興2か国の自動車販売台数は増加するだろう。両国の自動車市場はまさにこれから夜明けを迎える。1か国だけでの市場規模は大きいとはいえないが、タイ、ベトナム両国を絡めた自動車ビジネスの機会はこれから増していくことは間違いない。<川崎大輔 プロフィール>大学卒業後、香港の会社に就職しアセアン(香港、タイ、マレーシア、シンガポール)に駐在。その後、大手中古車販売会社の海外事業部でインド、タイの自動車事業立ち上げを担当。2015年半ばより自らを「日本とアジアの架け橋代行人」と称し、Asean Plus Consulting LLCにてアセアン諸国に進出をしたい日系自動車企業様の海外進出サポートを行う。専門分野はアジア自動車市場、アジア中古車流通、アジアのアフターマーケット市場、アジアの金融市場で、アジア各国の市場に精通している。経済学修士、MBA、京都大学大学院経済研究科東アジア経済研究センタ