年末年始、ボルボのCセグメントツーリングモデル『V40クロスカントリー』で東京~鹿児島ドライブを行った帰路、画家・竹久夢二のふるさと、岡山東部の邑久(おく)を通過した折、寄り道をして瀬戸内の恵み、焼き牡蠣を食してみた。岡山市東区で国道2号線から無料の自動車道、岡山ブルーラインへと分岐し、瀬戸内海沿岸方面へと向かった。分岐から10km少々のところに竹久夢二の生家、および東京に構えたアトリエ「少年山荘」のレプリカがある。生家は記念館になっており、その展示を見るだけで夢二の絵の源流がどこにあるのか、またどのような心で絵を描いていたのかがひしひしと伝わってくる素晴らしい空間なのだが、今回は素通り。邑久の牡蠣の水揚げ拠点は、その夢二の生家の先、虫明(むしあげ)というところにある。そこに向かう途中、島に渡る見事な橋が見えたので渡ってみたら、そこは全体が国立ハンセン氏病療養所という島であった。筆者は大学生時代、清瀬の多摩全生園というハンセン氏病療養所で慰問演奏をした経験があり、ここはどんな感じなのだろうと興味がわいて、ちょっとだけ寄り道をしてみた。長島愛生園というその療養所は今日、ユネスコ世界遺産への登録を目指しているらしく、大正建築の古い旧館が史料展示室となっていた。展示のなかで印象的だったのは神谷恵美子という医師の業績を追ったもの。経歴を見るに、神谷医師は当時としては大変なインテリであったようで、昭和期にここでハンセン氏病の治療やクオリティオブライフの向上に大きく貢献する仕事を成していたらしい。その神谷医師が綴った書物のテクストがいくつも紹介されていたが、入所者の過酷な生活実態を傍観的ではなくコミュニティと一体となった視点で直視し、その厳しさを人間味あふれる文体で書き綴った筆致は感動的ですらあった。虫明の牡蠣小屋は長島愛生園からクルマで5分ほど走った漁港にあった。牡蠣のほか、帆立の養殖も盛んなようで、束ねられた帆立のシェルがあちこちに積まれていた。虫明漁港は人影もまばらでひっそりとした雰囲気であったが、稲荷丸という牡蠣小屋に入ってみると、中はたくさんの客でにぎわっていた。メインの焼き牡蠣は通常、1時間2600円食べ放題という料金だが、ちょっと試食したい人のために1個225円での販売にも応じてくれるということで、個数売りでオーダー。牡蠣は大きさやクオリティによってお値段ピンキリ。225円/個はまあまあいいお値段で、それなりのものが出てくることを期待したくなる。運ばれてきた牡蠣を見ると…おおっ期待以上だ!!粒立ちがよく、厚みも十分な殻。中身が楽しみだ。牡蠣の焼き方にもいろいろある。筆者は焼いたときに牡蠣から出る汁をなるべく落としたくないので、最初から牡蠣の丸みのあるほうを下にして炭火にかけ、殻の隙間から水滴が垂れてきたら牡蠣ナイフで殻を外して中身が見える状態にし、牡蠣スープがひと煮立ちしたところで火からおろすというやり方が好み。焼き上がった牡蠣を食べてみた。これはうまい!!身が十分に大きくて食感がいいだけでなく、牡蠣から出たスープの濃厚感が何とも言えない。お店には醤油やレモン汁などの調味料もあったが、身から出てきた汁と海水の塩分自体が最高の調味料で、余計な味付けをする気にもならない。牡蠣は海水によって味が変わるもの。さしずめこれが瀬戸内の味かとすっかり大満足であった。ところが、産地間の牡蠣のクオリティ競争は激しい。虫明の地元人のひとりが「瀬戸内の牡蠣といったらやっぱり兵庫の網干が最高だろうな。邑久ももちろんいいけどさ」とのたまっていた。今回は網干で焼き牡蠣をやっているお店の営業時間に間に合わず体感できなかったが、それぞれどういう個性があるのか興味がわくところ。牡蠣小屋をめぐりながらの沿岸部ドライブは、瀬戸内旅のお楽しみのひとつになり得ると思った次第だった。