【ちょっと一息】カーディテイリングを仕事にする男が主人公の小説『フォルトゥナの瞳』を読んでみた | CAR CARE PLUS

【ちょっと一息】カーディテイリングを仕事にする男が主人公の小説『フォルトゥナの瞳』を読んでみた

特集記事 コラム

百田尚樹氏の著書「フォルトゥナの瞳」
  • 百田尚樹氏の著書「フォルトゥナの瞳」
  • 作中には洗車や磨き、コーティングなどの描写も
「あー…運命って何だろうなー…」

とある休日の昼下がり。誰もが生きているなかで幾度となく考えるであろう、そんな思いに耽ることになった。

きっかけとなったのは、その時手にしていた1冊の小説。百田尚樹氏の著書「フォルトゥナの瞳」(新潮文庫刊)を読んだことで、決して答えの出ない思索の旅へと出かけることになったのだ。

何か哲学的な事を考えたくて、この本を選んだわけではない。ほんの軽い気持ちだったのだ。理由はただ一つ。カーディテイリング業に従事する男が主人公の小説があるという話を聞いたから、ただそれだけである。

私にとって百田氏の作品を読むのは今回が初めてのこと。色々と世間を騒がしているとはいえ、百田氏の作品は綿密な取材にもとづいた人物描写や専門知識などがとてもリアルで緻密、という声はよく耳にしていた。それゆえ普段、ディテイリングショップの取材などを行う機会もある私は、強く興味を惹かれたのだ。

◆主人公は腕のいい磨き職人

確かに、読んでいるとクルマの磨きやコーティングなどの描写は細やかで、専門用語なんかもけっこう飛び出す。

『車磨きの仕事は、ポリッシャーに取り付けた刷毛(はけ)あるいはバフを回転させて、車の表面のクリアー面についた小さな傷を取ることだ』

『ポリッシャーを一定方向だけに動かすと、離れて見た場合、CDのような立体的な反射光が出てしまう』

『新車の時にこそ綺麗に磨いてコーティングをすれば、輝きは長く持続する』

一見、専門性が強く感じるが、作中では丁寧な表現が使われていることもあり、あまり内状に詳しくない人でも、頭のなかで作業が想像できる。放送作家の肩書も持つ百田氏だけに、映像のように鮮明なイメージを提供するのは難しい作業ではないのかもしれない。

◆死と運命について考えさせられる作品

主人公の木山慎一郎は、腕のいい職人タイプの男ではあるが、小さな頃に火事によって家族を失ったことで、世間に対しうまく心を開くことができないという設定になっている。ディテイリングショップが舞台で、そこにいるスゴ腕の職人が主人公ではあるが、これは職業案内誌ではなく小説。もちろん、クルマの磨きにばかり焦点が当てられているわけではない。

話のあらすじはこうだ(ネタバレしない程度の概要なのであしからず)。

慎一郎は、ある日電車の中で、右手が透けて見える人を目撃した。その日を境に、次々と体が透明な人たちと遭遇する。最初はワケも分からず戸惑う慎一郎だったが、のちに体が透けているのは“死が近い人達”だという事実に気づく。それにより慎一郎の生活は一変。死が迫る人達を「救いたい」という思いが強まる中、急激に自分の人生にも変化が訪れる主人公の苦悩と葛藤が描かれる。

タイトルに出てくるフォルトゥナは、ローマ神話に出てくる運命の女神で、この小説では「人の運命を見据えること」の象徴として使われる。死に近づく人々の運命を変えようとする慎一郎の心情描写や、作中に登場する「人の運命は変わらない」という例えのバグダッドの死神の話。これら無数に張り巡らされる運命というテーマを意識させるための仕掛けに、しっかりと絡め取られた私は“いいお客さん”といったところだろうか。

◆非日常のなかの日常

慎一郎にとってクルマを磨くことは、非日常に迷い込んだ自分が、ただ一つしがみつく事ができる日常の世界の象徴だったのではないだろうか。余計な邪念を払うためにクルマを磨く、というシーンも目立った。自分のなかの小さな世界で生きてきた慎一郎が働いているのが、個人経営のショップというのも相性のよさを感じた。SFのような世界観をすんなりと受け入れられたのは、舞台設定の妙もあったのかもしれない。

「他人の手が透けて見える」というつかみの部分で、しっかりと心を奪われ、そのまま一気に読み進めることになった私。読みやすさはもちろんのこと、作品を通じて展開のテンポやスピード感なども心地よく、気づいた時には最後のページがめくられていた。そして、冒頭の思索に行き着くことになったのだ。

『永遠の0』や『海賊とよばれた男』など、百田氏の作品は小説はもちろんのこと、映像の分野でも好評を博している。『フォルトゥナの瞳』も映像化されたら、多くの人にカーディテイリングのことをより知ってもらうきっかけになるかもしれない。この作品も、そんな“運命”を辿ってくれたら、とても喜ばしいことだ。

ちなみにこれは余談中の余談だが、作中に登場する「葵」を、私は女優の土屋太鳳さんのイメージで読み進めていた。みなさんは…どうでしょうか?
《カーケアプラス編集部・間宮輝憲》

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