ウニモグ75年の歴史:万能モーターツールの誕生と進化 | CAR CARE PLUS

ウニモグ75年の歴史:万能モーターツールの誕生と進化

特集記事 コラム
最初の量産ウニモグ(U70200)
  • 最初の量産ウニモグ(U70200)
  • アメリカ軍当局に提出されたウニモグの企画書
  • 1946年末、シュヴェービッシュ・グミュントで活発に行なわれたテスト走行
  • 最初のプロトタイプU1(1946年10月9日撮影)。まだキャブがない。運転席はレスラー、ひとり置いてツァーベル
  • 最初のプロトタイプU1(1946年10月9日撮影)。運転席はレスラー、ひとり置いてツァーベル
  • 最初のプロトタイプU1(1947年夏)。
  • 初代ウニモグ試験車両のシャシー。フレーム構造、M136ガソリンエンジン、コイル・スプリングとアクスルのレバー式ショック・アブソーバー、ZF製4速ギアボックス、トランスファーケース、フレームを貫通して右側に配されているアウトプットなどが見える
  • 量産仕様に近いプロトタイプ

1949年3月19日、ドイツ南西部のゲッピンゲンにあるベーリンガー社の工場で、『ウニモグ』が最初の顧客に引き渡された。これが成功の始まりだった。

ウニモグはそのオフロード能力と耐久性と多機能性を発揮して、農業、建設、消防、救助など、さまざまな分野で活躍している。75年が経過し、この万能モーターツールは37万台以上が製造されている。絶え間ない開発により進化してきたウニモグの歴史を振り返ろう。

初のウニモグは、型式「U70200」の車両番号「003」を持ち、フードにベーリンガー社の牛の頭をモチーフにしたマークがあしらわれていた。車両番号「001」と「002」の2台のウニモグは社内テスト用だった。U70200は、トラクター、実装運搬車、トラックの利点を1台に組み合わせ、当時のトラクターとは、見た目も多用途性でも大きく異なっていた。

◆エアハルト&ゼーネ社で誕生した多目的農作業車

ウニモグの開発は第二次世界大戦終結直後に始まる。ダイムラーベンツの航空機エンジン設計部長を務め、シュヴェービッシュ・グミュントにある貴金属製品メーカーのエアハルト&ゼーネ社で技術部長になっていたアルベルト・フリードリヒが、農業用の小型四輪駆動車の開発に着手した。

この車両は25馬力エンジンを搭載し、最高速度50km/hで、農業用途や静止動力源、農業産業向けの配送車としての使用を意図していた。ドイツ占領政策のモーゲンソー・プランではドイツを農業国に変える意図があったため、車両の設計には厳しい制約があったという。

1945年秋、フリードリヒは、1270mmのトレッドを持つ多目的農作業車の初期設計を描いた。1270mmという数字は、畑のジャガイモの畝2列ぶんに合わせたものだ。ほかに車両の特徴として、折りたたみ式の屋根、やはり折りたたみ式のフロントガラス、前部の農業機械用ドライブ、後部の牽引装置、運転席後ろの補助プラットフォームなどがあった。このコンセプトを実現するための開発チームには、ダイムラーベンツで乗用車とエンジンの開発に携わった経験のあるハインリッヒ・レスラーがいた。戦後、レスラーは農業に従事しており、その経験を生かして新型車の主任設計者となった。

ウニモグ・クラブ・ガッゲナウの長年の会長であるミハエル・ヴェッセルが出版した『ウニモグにまつわる物語』によると、開発チームのハンス・ツァーベルはウニモグの誕生にまつわる状況を次のように回想している。「私たちは週の間、質素な宿泊施設に滞在していた。定められた労働時間はなく、少なくとも1日12時間、時には18時間まで働いた。それも追加の報酬なしで」。

1945年の晩秋には、アメリカ占領軍からフリードリヒの「農業で使用するための発動機駆動式汎用機械」の生産許可が下りた。レスラーが車両コンセプトを大幅に見直し、6か月後に生産許可が更新された。最初のプロトタイプが1946年にシュヴェービッシュ・グミュントで完成し、同年10月9日に最初のテストドライブが行なわれた。プロトタイプにはM136ガソリンエンジンが搭載されていたが、量産仕様にはダイムラーベンツから供給されたOM636ディーゼルエンジンが搭載された。

初の一般公開を前に、ツァーベルは「ユニバーサル・モーター・ゲレート」(Universal-Motor-Gerät)という長い名称を「ウニモグ」(Unimog)という略称にした。この名前で、車両は1948年8月29日にフランクフルトで開催されたドイツ農業協会(DLG)の展示会で一般公開され、その場で150件の予約注文を獲得したという。

◆ベーリンガー社で生産開始

1949年、ゲッピンゲンにあるベーリンガー社でウニモグの量産が始まった。量産はエアハルト&ゼーネからベーリンガーに移管された。ほぼ手作業の生産工程には約90人の従業員が携わり、月に最大50台の車両を製造していた。

ベーリンガー社によって製造されたウニモグU70200シリーズは600台に達し、その中にはスイス軍向けの44台も含まれていた。ウニモグが農業以外の分野でもその適性を確認され、特異な車両コンセプトに対する関心が高まっていたことがわかる。

現在ウニモグ博物館には、ベーリンガー社で製作された初期のウニモグから、現存する2番目に古いウニモグであるプロトタイプU6と、最初のU70200型が展示品されている。戦後の荒廃したドイツでウニモグの需要は大きく、ベーリンガー社の生産能力はすぐに限界に達した。

◆ダイムラーベンツがウニモグ生産を引き継ぐ

1950年秋、ダイムラーベンツは大量生産に必要な資金を用意し、ベーリンガー社から全ての特許と生産設備を含むウニモグ事業を取得した。これには開発チームと新設された販売チームも含まれていた。

契約は2ページの文書で、購入価格は60万マルク。「これは格安の取引であり、現代の弁護士なら首を振る」とメルセデスベンツ自身が評価している。ウニモグのコンセプトを生み出した2人、フリードリヒは1958年までダイムラーベンツで技術ディレクターとして、ベーリンガーでウニモグの主任設計者だったレスラーは、1976年までガッゲナウ工場で同じ職務を維持した。

1951年半ば、ガッゲナウ工場でウニモグ「U2010」の生産が始まった。四輪駆動仕様の生産は1951年6月に始まっている。1953年の「U401」と「U402」では多くの改良が加えられ、コンバーチブルキャブに代わり全鋼製クローズドキャブが導入された。1953年5月からはベーリンガー社の牛の頭のマークに加えてメルセデスの星が装着され、1955年9月に牛の頭は取り除かれた。

◆不変の基本設計

ウニモグは70年以上にわたり万能作業車としての地位を維持してきた。基本概念は当初から変わっていない。極限の地形を制覇する走行性能を持ち、荷物スペースを有し、多種多様なアタッチメントに対応する。

ウニモグはトラック式のフレームに同サイズの四輪を履き、ハブリダクションとポータルアクスル、コイルばね、前後軸にディファレンシャルロックを備えた全輪駆動によって高いオフロード能力を持つ。コンパクトな車体寸法に、前・中央・側面・後部の4か所にアタッチメント取り付けスペース、操作装置取り付けスペースを持ち、さらに前・中央・後部に動力取り出し軸を装備する。初登場当時としては高速の最高速度50km/hを発揮し、今日では最高89km/hを出せるため、高速道路で長距離移動もできる。

またドイツ政府の「WaVe」プロジェクトの一環として、2023年から水素燃焼エンジン(Wasserstoff-Verbrennungsmotors)を搭載したプロトタイプのテストが行なわれている。水素の補給、登坂や加速の試験は成功し、草刈り作業での性能をテストしている。水素燃焼エンジンがバッテリーおよび燃料電池を駆動オプーションとしてどの程度機能するかについても議論している。

◆今後数十年にわたり幅広い用途をカバー

ウニモグの新しいシリーズ「U219」や「U535」は、市街地や建設現場の狭いスペースでの運用、また、信頼性の高い作業が求められる場面、特に一台の車両で複数のアタッチメント使用が必要な場合に焦点を当てて企画された。

いっぽう極限のオフロード能力がユーザーの優先事項である場合、全鋼製キャブを備えた「U4023」と「U5023」が選択肢だ。建設、消防、災害救助、探検において、全輪駆動とねじり柔軟性のおかげで、乗組員、装備、資材、アタッチメントを厳しい地形でもより遠くに安全かつ迅速に運ぶことができる。

これら2種類のウニモグにより「今後数十年にわたり幅広い用途をカバーする」とメルセデスベンツでは自負している。

《レスポンス編集部》

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